池上秀志

2021年2月23日8 分

誰も言わないウォーミングアップの話

最終更新: 2021年10月16日

こんにちは、池上です。突然ですが、あなたはウォーミングアップの目的は何かと聞かれて答えられますか?ちょっと考えてみてください。

 私がこの質問を受けたのは高校一年生の時です。その時私は都道府県対抗男子駅伝京都府代表のメンバーとして合宿に参加していました。そこで、後に私の妹の恩師となる立命館高校の伊藤先生から「ウォーミングアップの目的は何か?」と聞かれて、「筋肉と血液の粘性を下げる為です」と答えました。高校一年生としてはまずまずの答えですが、実はこれだけでは不十分です。

 念のために解説しておくと、筋肉と血液の粘性が下がるというのは、筋肉であれば柔らかくなるとこであり、血液であればサラサラになることです。私達の血液も粘り気があります。イメージで言えば、油を想像してもらえるとわかりやすいと思います。常温の油よりも加熱した油の方がサラサラですよね?ココナッツオイルやバターのように常温で完全に固まるものはなおわかりやすいですが、血液はさすがにかたまるということはありません。ですが、オリーブオイルのように常温で固まらない油も温めたほうがさらさらになりますよね?血液もあれと同じで温めると流れやすくなります。

 走っているときは普段の何倍もの血液が体内を駆け巡るので、血液はサラサラでなければなりません。そうでなければ、体がスムーズに動かないのです。

 これは筋肉でも同じです。筋肉も温めると柔らかくなります。柔らかくなるというのは筋収縮がスムーズになるということです。運動するというのは、例えそれがティッシュを取り出すというような些細な運動であっても筋収縮です。ですから、筋収縮がスムーズにできるということが大切で、ウォーミングアップにはそのような目的があります。

 筋肉の粘性の話が出たので、ついでの話をしておくと、固まった筋肉、つまりまだ筋肉の粘性が低い状態でストレッチをやると筋繊維を痛める可能性があるので、避けるべきです。小学校の体育の授業では準備運動をしないとケガをすると教えられましたが、冷えた筋肉でストレッチをすると余計に故障の原因となります。また、様々な研究結果ではストレッチは故障の予防にはならないという研究結果が出ています。

 そして、ストレッチがランニングエコノミーを低下させるという研究結果も出ていますが、これに関しては懐疑的と言わざるを得ません。確かにストレッチをやりまくれば、低下するかもしれません。そもそもの話をすると、冷えた筋肉でストレッチをやり過ぎると筋繊維が傷つくので、ランニングエコノミーが低下するのは充分に予想できることです。しかしながら、研究者たちは体のStiffnessが向上するとランニングエコノミーが低下するという研究結果を出してきています。ここには、先ず二つの疑問点があります。

1つ目は、Stiffnessが何を意味するのかということです。Stiffnessは硬さと訳されることが多いのですが、それは単純に関節の可動範囲が狭いことを意味するのでしょうか?もしそうであれば、関節の可動範囲が広いからランニングエコノミーが低下するという考えは、筆者は理解が出来ません。何故なら、関節の可動範囲が広いからと言って常に目一杯使う必要はないからです。私達の腕は通常は180度まで伸展可能です。しかしだからといって、文字を書く時に常に肘を目一杯伸ばして使う必要があるでしょうか?関節の可動範囲が広いから、ランニングエコノミーが低下するというのは、人間は180度まで肘を伸展することが出来るから、文字を書くのには適していないという理屈と同じです。

 では、単純にStiffnessが関節の可動範囲を意味しないとすれば、いったい何を意味するのでしょうか?

 よく言われるのは足首のStiffnessが低いとランニングエコノミーが低下するとする研究結果です。Stiinessというのは建材の強度などにも使われる言葉です。そのように考えると答えが見えてくるような気がします。要するに、足首のStiffnessが低いとランニングエコノミーが低下するというのは、接地の瞬間の足首の安定性なのではないでしょうか?

 自転車に例えると分かりやすいです。自転車で走るのは簡単ですが、自転車で歩き並みにゆっくり走行したり、静止したりするのは難しいのです。僅かなブレが転倒につながります。でも、やはり通常速度で走っていたとしてもわずかな重心のブレはロスにつながっているのではないでしょうか?僅かにタイヤの右側か左側がもう片方よりも多くすり減るということもあるでしょうし、これがランニングなら故障にもつながります。そして、当然エネルギーのロスが生じるので、ランニングエコノミーは低下します。

 走るよりも片足立ちの方が難しいのですが、これは逆の言い方をすれば走ってる時は多少のブレも誤魔化せてしまうということです。

 という訳で、私自身は少し体を温めた後で、少しストレッチをすることは生理学的にはパフォーマンスを高めもしないし、低めもしないと思います。心理的に準備ができたように感じるということが一番の効果だと思います。

ウォーミングアップの第三の目的

 さて、ここまで筋肉と血液の粘性を下げるということについて解説をしてきたのですが、ではもう一つの目的は何でしょうか?これは私が説明できなかった最後の要素です。この最後の要素が酸素解離能力と呼ばれるものです。酸素解離能力とは読んで字のごとく、酸素が解離する、つまり酸素が離れる能力のことです。では、何から離れるのでしょうか?あなたは分かりますか?

答えはヘモグロビンです。酸素が肺の中でヘモグロビンと結びつくというのは皆さんご存知だと思いますが、意外とその後のことについては知られていません。肺胞内でヘモグロビンと酸素が結びつき、血液に乗って運ばれた後、筋肉の中のミオグロビンと結びついてミトコンドリア内で有気的代謝の材料として使われます。

酸素が筋肉で使われるまでの流れを簡単に説明しておくと、鼻や口から入った酸素が肺に入り、肺胞内でヘモグロビンと結びついて血液に乗って全身を回ります。そして、活動筋内でエネルギーとして使うためにヘモグロビンからミオグロビンに引き渡され、さらにミオグロビンからミトコンドリア内のATPアーゼというところに引き渡されて、エネルギーとして使われます。

この一連の流れを見ますと、まずヘモグロビンと酸素を引き離すという1回目の引き離しと、ミオグロビンからミトコンドリアへと引き渡すという2回目の引き離しがあります。この2回の引き離し、すなわち解離がどれだけスムーズにいくのかということが酸素解離能力です。全ての物事においてそうなのですが、人間は0から100へと上がるようには出来ていません。

日常生活レベルで求められる酸素解離能力とランニング中に求められる酸素解離能力には大きな差があるので、その中間となるウォーミングアップを挟むことが望ましいのです。

ちなみにですが、私はショートインターバルをすると初めの5本くらいが一番きついことが多いです。最後はきつくてもしっかりと体が動いていくのですが、前半は呼吸が苦しくてペースが上がらないのです。本当にきついという感じではなく、なんだか呼吸をしてるのに空回りをしているような感じがします。一方で、最後のきつさは体が動くという意味では快感で、気持ちの良いきつさなのですが、本当にきついところまで体が動かせているので、走り終わった後のダメージは大きいです。

調べようもないのですが、個人的にはこれが酸素解離能力がスムーズになることなのかなと勝手に思っています。また、ほとんどの長距離選手が試合の前日に1000m一本をするのですが、これが試合当日の酸素解離能力をスムーズにするという研究結果もあります。私自身は試合前二日間流しも何もせずに5000mで自己ベストを出したこともあるので、あまり関係が無いとは思いますが、理論的にはそうなると思います。

では、具体的にウォーミングアップはどのようにすればよいのかということですが、私は3パターンくらいしか持っていません。

1つ目は、軽く補強したり、野球の素振りをしたりして、そのままウォーミングアップがてら走るというパターンです。軽めの練習の日はこのパターンです。初めの数キロをゆっくり入って、ウォーミングアップとして使います。

2つ目は中強度の練習をするときに2キロくらい軽くジョギングをします。その後に動的ストレッチをすることもよくあります。これは初めの一キロから3:40/kくらいのペースで入るときのパターンです。

 3つ目は、インターバルやファルトレク、テンポ走などの強度が高い時の練習です。こういう日の練習は4キロくらいジョギングをして、100mを6本くらい流しをしたり、あるいは今日は体が動いていないなという日は200mを4本入れたり、短い距離の坂ダッシュをしたりして、体を動かします。走り込みが続いて脚が重くなると前半から体が動かないので、ウォーミングアップを多めにやります。こういう時は疲れがたまっていてやる前はきついと思うのですが、体を動かして交感神経を活発にしていくと、疲れを感じにくくなって比較的動くようになっていきます。

 後は例外として、午後練習は6-8kmくらいウォーミングアップをした後に技術練習をしたり、体幹補強をしたり、ウェイトトレーニングをしたりします。これはウォーミングアップと血流を良くして、午前中のメインの練習からの回復を促すという意味合いがあります。

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