長距離走・マラソンは伸び悩んでからが面白い

最終更新: 2月8日


 こんにちは、ウェルビーイング池上です。何年前くらいからは忘れましたが、日本ではオタク文化が花を咲かせています。オタクという言葉は昔は少数派のコミュニティの中で互いのことをお宅と読んでいたことが始まりだそうです。最近では、あなたは「〇〇オタクなんですね」というと「いえいえ、そこまででもないですよ」という謙遜の言葉が返ってきたりするくらいで、だいぶオタクという言葉に込められる意味が変わってきました。


 オタクという言葉ではくくれませんが、関西の阪神ファンにも格があります。今の阪神ファンには阪神タイガースが強くなってからのファンと、いわゆるダメ虎とか暗黒時代と呼ばれていた1990年代から2002年くらいまでの阪神を応援していたファンがいます。同じ阪神ファンの中でもこのダメ虎時代から応援していた阪神ファンの方が格が高いのです。


 何事もそうだと思うのですが、本当のファンというのはダメなところも含めて愛せるのが、ファンなのではないでしょうか?これが阪神タイガースのようなチームでない場合には、その分野の難しさに直面してからも楽しめるのが通の世界です。ただ単に野球をやって軽く汗を流して楽しかったねではなくて、草野球なんだけどどうやったら勝てるかなと考えながらプレーするところに深い楽しみがあります。ただお茶を飲めば良いんだけど、それを道にまで高めて茶道にするところに味わい深い楽しみや喜びが生まれます。


 これはランニングでも同じだと思います。伸び悩むというと悪い印象があるかもしれませんが、長距離走やマラソンは伸び悩んでからが面白くなるのです。なぜなら、そこに工夫が求められるようになってくるからです。


 「マラソンはやったら、やっただけ自分に返ってくる競技」だという人がいますが、とんでもない誤りです。それはまだマラソンの面白さが分かっていない人です。わざわざ自分から伸び悩むようなやり方をする必要もないのですが、でも普通にやっていればどこかで伸び悩むポイントに当たります。それはなぜかというと、トレーニング理論には収穫逓減の法則というものがあるからです。


 収穫逓減の法則というのは、元々は経済学の用語でかけるコストが増えればそれに応じて売り上げも増えていきますが、単位コストあたりの収益は落ちていきます。分かりやすい例で言えば、農業がそうです。ある土地の面積に対してたくさんの小作人を雇えば、収穫量も増えます。小作人をたくさん雇えば雇うほどたくさんの農作物を収穫することができます。ですが、このとき一人を二人に増やした時と、二人から三人に増やしたとき、三人から四人に増やしたときと比べて行くと徐々に一人当たりの収穫量は減っていきます。そもそも土地の広さが限られているのですから、当然です。そして、土地の広さにもよりますが、どこかで頭打ちになります。これが収穫逓減の法則です。


 では、長距離走・マラソンの場合はどうでしょうか?長距離走・マラソンの場合も全く同じ法則が成り立ちます。本来トレーニングには色々な要素があって走行距離だけでは表せないのですが、ここでは話を単純にするために走行距離だけで話を進めましょう。

 今まで全く走っていなかった人が週に20kmでも走るようになったとします。そうすると、力がついて今まで以上に走れるようになります。次に週に40km走るようになります。そうすると、さらに力がつきます。ところが、0kmから20kmに増やしたときほどの向上ではありません。次に60kmへと増やします。そうすると、さらに力がつきます。ただし、20kmから40kmに増やしたときほどの向上ではありません。さらに60kmから100kmへと増やしたとします。このとき40km増えていますが、20kmから60kmへと増やしたときほどは向上しません。これが収穫逓減の法則です。


 誤解のないように書いておきますと、走行距離1kmあたりのトレーニング効果はどんどん減っていきますが、だからといって力がつかないわけではありません。当然、週に40kmしか走らない人よりは週に100km走る人はの方が力はついていくのですが、走行距離1kmあたりのトレーニング効果は減っていくということです。


 ではリスクの方はどうでしょうか?これも意外と見落とされがちなのですが、トレーニングの負荷は増やせば増やすほどリスクが高まります。リスクというのは故障をしたり、病気になったり、あるいは故障や病気といった明らかな原因がないのに練習の負荷を増やしていくと走力が低下することがあります。わかりやすく言えば、誰でもインターバルの直後、あるいはレースの直後というのは走力が落ちます。5kmのレースに出て全力で走った5分後に走れば誰しもタイムが大幅に落ちます。この状態が慢性的に続く状態で、この現象をオーバートレーニングと言います。


 トレーニングの負荷とリスクの関係性はこの収穫逓減の法則を反転させたグラフになります。0kmから20km、20kmから40kmと走る距離を増やしていっても普通はほとんどリスクはありません。むしろ日常生活でも疲れを感じにくい体になるでしょう。ところが、エリート選手のトレーニングというのは、もう日常生活に支障が出ます。仕事の生産性も落ちます。そもそも仕事と掛け持ちすること自体が至難の技です。分かりやすく言えば、常に軽い風邪にかかっているような疲労感です。練習以外は食べてるか、寝ているかという生活を送る人がほとんどです。ここまでやると故障やオーバートレーニングのリスクが一気に高まり、エリートランナーのほぼ全員が故障と隣り合わせで走っていると言って過言ではありません。


 この原理原則はあなたがどのレベルのランナーであろうと当てはまります(原理原則とはそういうものです)。ただ、走力に応じてこのグラフがどうなるかというのは多少異なりますし、またここでは話を単純にするために走行距離だけに絞って解説をしていますが、実際にはもっと複雑に色々な要因が絡み合っています。


 複雑にという言葉が出てきたのでついでに書いておくと、〇〇をしたら速くなるとか、〇〇を飲めば速くなるとか、10000m33分台を出すための練習3選とかこういう分かりやすくてキャッチーな話ほど嘘だと思ってください。陸上競技はこんな風に一言で言えるほど簡単なスポーツではなく、速くなるにはもっと色々な要素が複雑に絡み合い、多角的な視点が必要となってきます。ここにオタクの世界が広がってくるのですが、このことについては後述しましょう。


 ではなぜ、長距離走・マラソンは伸び悩んでからが面白いのかということなのですが、それは伸び悩んでいない人はまだ練習の負荷も少なく、単位負荷あたりの練習効果が著しく大きく、単位負荷あたりのリスクが著しく小さいところでやっているからです。これは何も間違っていません。むしろ先述した通りローリスク・ハイリターンですから、そういう意味ではむしろ正しいです。ただ、ここに落とし穴があるんです。この時期というのはやったらやっただけ、伸びていくので、根性論に陥りやすくなります。頑張ったら伸びるんだと思ってしまうんです。これが後々伸び悩んだ時に自分を苦しめることにつながります。頑張ったら頑張っただけ伸びると思っているということは、伸びないのは自分の努力が足りないからだと単純に思ってしまうからなのですが、実際問題としてはここまで単純な話ではありません。


 私自身も走り始めて4年くらいは順調に伸びたでしょうか。少し私の話をすると、初めて駅伝を走ったのが小学校5年生です。練習らしい練習をし出したのが中学校に入ってからです。この時期はそもそも体自体が成長期ですから、どんどん伸びていきました。しかも、それこそ練習し始めた段階ですから、やることなすこと全てが体にとっては新しい刺激です。誤解のないように書いておくと、この中学校に入ってから高校1年目までも常に順調に右肩上がりで伸びていったわけではありません。故障もありましたし、貧血気味の時もありましたし、オーバートレーニングで全然走れなくなった時もありました。でも、その都度問題を解決しながら、年間通して見るとぐんぐん伸びていきました。


 いつも順風満帆ですか?と聞かれたら答えはノーでしたが、まぁそれでも一年ごとに見ていけば、試合、練習ともに伸びてるよねという段階でした。


私の年次ごとの自己ベストは下記の通りです。


中学校一年

3km 9分54秒


中学校二年生

3000m9分33秒??


中学校三年生

3000m8分58秒50

3km 8分51秒


高校一年生

3000m9分17秒??

5000m14分43秒33

都大路4区 8.0875km 24分19秒


高校二年生

5000m15分0秒

都大路4区 8.0875km 24分39秒


高校三年生

800m 2分7秒10

1500m 3分58秒55

5000m 14分43秒44


 高校一年まではまあ順調に伸びたと言えるでしょう。念のために書いておくと3000mはトラックレースという意味で、3kmはロードレースの意味です。私は走り始めた時からロードレーサーでした。トラックはあまり興味がなく、チームでやる駅伝が面白かったです。これは当時の私を知る人からすると意外かもしれません。というのは私はみんなで仲良く頑張ろうというタイプではなかったからです。でも私はむしろ嫌いな相手とも一つの目標に向かって協力をしあうというところに魅力を感じていました。部員が長距離だけで30人以上もいたら、その全員とウマが合うということはあり得ません。でもやるからには、チームの勝利を考えてレース展開を考えてやっていくというところに面白さを感じていました。


 また熾烈なメンバー争いも面白かったです。いかに監督が求める選手になるのか、他の選手の得意なところ苦手なところ、自分の得意なところ、苦手なところ、それを考えて使えるものを作っていく、著しく苦手なところがあると使ってもらえない、でも自分の得意を自覚して自分がメンバーに選ばれるとしたらなぜ選ばれるのか、それを考えてチームに必要な存在となれるように努力していく、そんなことが面白かったです。


 ちなみにその考え方は今のお仕事をするようになってからも生かされているように感じています。得意なことも苦手なこともある中で、自分が選んでもらえるとしたら何故なのか?ルックスはどうだろう?動画の編集技術は?面白い系だろうか?それとも勉強系だろうか?文章作成能力はどうだろうか?女性に受けるだろうか?男性に受けるだろうか?若者受けするだろうか?それとも年配の方向けだろうか?


 そんなことを考えながら、苦手なところをなんとか耐えらえるレベルまで持っていき、得意なところで勝負できるように努力する、ある程度の割り切りも必要で、ルックスで勝負するのは無理だなとか、女心をつかむ文章を書くのは無理だなとか、「つまらない」と言われても質の高い学びを提供し続けるしかないなとか、そんなことを考えながらどうやったら必要とされる存在になれるかなと考え、行動していくのが面白いです。


 駅伝も似たようなところがあって、自分の得意なところを前面に押し出さないと使ってもらえません。私の場合は、どんな展開でも落ち着いて自分の力を出し切る走りをするというのが売りでした。それならその役割に徹することです。はじめの1kmで一気に前との差を詰めて、後半失速するような展開は許されません。どんな位置でたすきをもらっても落ちいてやや遅めに入って後半上げていく走りをする。これが私に求めれらた走りです。


 閑話休題、話を元に戻しましょう。上記の数字をみていただけると、お分りいただけるように高校一年生までは順調に伸びましたが、そのあとは伸び悩みました。中学校一年から高校一年までも全てが順調というわけではなく、中学二年生の京都府中学大会ではブービー賞をとったり、高校一年生のトラックシーズンは3000mで9分15秒も切れませんでした。そんなこともあったのですが、帳尻合わせ的に駅伝シーズンはちゃんと走れています。


 ところが、そのあとは伸び悩みに伸び悩みました。ちなみにできる練習のレベルは上がっていきました。できる練習のレベルが上がっているのに、それが結果に繋がらない、そんなもどかしく辛い時期が続きました。メルマガ登録者に無料でお渡ししている「長距離走・マラソンが速くなるためのたった3つのポイント」という小冊子の中に詳しく書いているのですが、高校二年生の夏合宿あけが一番辛かったです。この時期には人生ワーストの16分32秒をマークしています。伸び悩んでからが一番面白いと書きながらもやっぱり辛かったです。ただ、本当の面白さというのはやっぱり辛さと表裏一体です。


「さて、これをどうやったら克服できるかな」と頭を使うようになります。ここからが面白いのです。開き直りというのも出てきます。素直に人の話を聞こうという気持ちにもなります。もちろん、誰の話を聞くかは慎重に選ぶべきですし、それこそ多角的に判断していく必要もあります。素人ではないので、問題が一つだけということはあまりありません。ですから、2+5=?のように答えがたった1つという訳ではないのです。これを答えなんかないと表現する人もありますが、答えはちゃんとあるんです。ただし、2+5の答えのように絶対的に一つの答えには収束しないけどね、というところです。


 私の場合はどのように問題を克服していったのかということなのですが、まずはとにかく継続しようと、単純なことですがやってきたことは継続しようと思いました。できる練習のレベルは上がっていたわけですから、それをやめる理由はありません。結局のところ、最終的にはやるかやらないかの二択な訳です。どこで結果に繋がるかわからないので、投げ出すことが一番勿体ない選択です。


 次に何をして克服したかというと、本当に一つの要因に絞ることはできないのですが、最終的に自分で克服できたかなと思ったのは、高校卒業の直前でした。最後の全国高校駅伝が終わって、全く自分の結果を残せずに終わって本当に勿体ないなと思いました。自分の力ってこんなもんじゃないのになという気持ちがとても強く出ました。そのあとは何をしたかというと、練習をサボれるだけサボりました。サボるといっても全く何もやらないわけではありません。レースで結果を出すという一つの目的に絞って鍛えるような練習はしませんでした。鍛えるのではなく、レースに向けて調律するという気持ちを持って練習を続けました。


 そのあとは都道府県対抗男子駅伝の5区8.5kmを区間13位で9人抜きの25分23秒、浜名湖駅伝の4区では、西脇工業の三浦雅弘選手(当時5000m14分11秒)に30秒近くの差をつけての区間新記録での区間賞など、自分の力を発揮することができました。