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執筆者の写真池上秀志

反ストイシズムとやる気を引き出す方法

更新日:2021年10月16日


 15日に地元の新聞で取材していただけることになり、母校の中学校を訪れました。そこで、中学生を前にして話をさせてもらう機会がありましたので一つのお願いをしてきました。それは「努力しないでください」ということであり、「苦しいことを我慢してやれば結果が出て幸せになるという考えは捨ててください」ということです。

 努力という言葉のニュアンスは日本語母語話者なら何となくお分かりいただけると思います。ここで私が述べたいことを明らかにするために以下の二つの文を比べていただきたいと思います。

  「彼は二年間の多大な努力の末に成功者となった」

  「彼は二年間好きなことばかりして成功者になった」

 上の二つの文章はかなり異なった印象を与えますが、同一人物を現した文章であり得ます。松下幸之助さんもビル・ゲイツもイチローさんもどちらの文章によっても表現できると思います。但し、かかった時間は二年ではないと思いますが。これはその人の感じ方の問題なので必ずしもそうとは言えませんが、「努力」という言葉は苦労、苦しいことを乗り越える、苦難に耐える立派な行為などのイメージを含んだ言葉なのではないでしょうか。逆に上の文のように「好きなことばかりして大金持ちになった」と言えば、「こいつ何か悪いことでもしたんじゃないか」と思われかねません。

 しかしながら、上の二つの文章を対比することで明らかになるような意味を含んだ「努力」という言葉には大きな問題点があります。

 1つ目は「努力しなければいけないこと」をやる場合には人間の無意識の力によって能率が格段に落ちることです。詳しくは別の機会に譲りますが、主観的世界は知覚と認識によって成り立っています。客観的世界の存在などは我々が生きているこの世界には存在しえません。「私」という存在からでしかこの世界を知覚・認識することが出来ない限り、客観的世界を知覚することなどできないのです。

主観的世界は自分の価値観に基づいて認識されますので、自分が重要ではないと思うことは文字通り見えなくなります。あるはずのものが見えなくなるのでいくら努力しても上手くいきません。

 2つ目に、これが今回の本題ですが、努力しなければいけないようなものにはやる気が出ない上に楽しくないのです。

 突然ですが、何故人類は今のような空調設備も清潔な部屋もなく、おまけに外敵に襲われるかもしれないような状況の中でも性行為を続けてきたと思いますか。脳機能学者である苫米地英人博士によれば、それは性行為の最中だけではなく性行為について考えているときに既に脳の中の快楽に関わる神経伝達物質が流れるからだそうです。この物質のことをドーパミンと呼びます。このドーパミンが行為の前に流れ始めることによって、その行為を促すことをプライミングと呼びます。

 これと同じことがその他のことに対しても起こります。但し、その行為に対してプライミング効果が働くかどうかは、その人のそのものの思い描き方ひとつで変わるものだと私は考えています。これは未来を思い描く時だけではなく、過去を思い返す時も同じです。「走った」という行為のみを思い出しているのではなく、その時の「情動」も一緒に思い返しているはずです。ということは多くの場合、努力したことについて思い返せば思い返すほど、それが意識の中に刷り込まれていき、走ることを嫌いになる可能性が高くなります。

 そして次第にその行為をする前からそのことを考えるだけで嫌な気持ちになっていくでしょう。このことを何となく知っている人は意外と多いのではないでしょうか。野球漫画や映画で子供時代を思い出して、「昔は何も考えずに野球を楽しんでいた」みたいなセリフからどんどん事態が好転していく登場人物がいます。何も考えずというのは「やる前からわざわざ苦労や上手くいかないかもしれないということを考える」ということ無しにということでしょう。そして実は子供たちは何も考えていないわけではありません。大人になると忘れてしまう人が多いのですが、子供はどうなるか分からないようなことに対してはいつも楽しみに待っているものです。明日の試合で上手くプレーできるかどうかわからない時は、いつも上手くプレーできるところを思い描き楽しみに試合を待っていました。明日の試合を思い描く時、常に喜び、楽しみといった情動を伴った形で思い描きました。たいていの場合、子供の時にはプライミング効果が働いていたわけです。

 中には「努力」という言葉を使いながらもプライミング効果を働かせている人もいると思いますが、通常は徹夜で漫画を読んできた人に「いつも努力してるね」とは言わないと思います。たいていの場合、「努力」という言葉を使う場合には、「やらなければならないことを我慢してやった」という前提が含まれます。

 このように考えると、努力している限り一流にはなれないのです。やる気が出ない上に心理的盲点だらけになるので当然です。そして、最も悪いことは子供たちに努力を押し付けることで楽しみを奪ってしまうことです。何となくですが、子供達が陸上競技を努力してやるようになるのは中学生くらいではないでしょうか。この時期に多くの大人が努力することの大切さを教えて、走ることが楽しくなくなっていくのではないでしょうか。

 このように書くと誤解されるかもしれませんが、私は真剣に取り組むことが悪いとは一切言っていません。寧ろ、中学生もプロスポーツ選手と同じくらい真剣に取り組むべきだと思っています。但し、これは鬼ごっこをしている子供たちに「もっと真剣に走れ!」と怒鳴るくらい無意味なことなのです。プロスポーツ選手と子供たちの違いはより抽象的な思考を用いて競技に取り組むかどうかです。そういう意味で「子供じゃないんだから」と言われれば反省しますが、子供の遊びは真剣ではないというのは間違った見方です。寧ろ、お金のために仕方なくやっているプロスポーツ選手よりずっと真剣です。真剣というのはプライミング効果が働き、心理的盲点が外れて創造的になっている状態です。

 「真剣にやる」、「ベストを尽くす」というような言葉はもっと厳密に定義づけされたうえで使われるべきでしょう。というのも、自分のベストを尽くすこととそれに対して「喜び」、「楽しみ」、「期待」という情動を伴って練習することは両立しうるだけでなく、両立してないと寧ろ難しいくらいだからです。「学生時代に俺はこんな努力をして結果を出したんだ」という先生方、指導者にいつも言いたいことは「あなたはそれを何年継続したんですか」ということです。そのスポーツを中学校から本格的に始めたとしても大学卒業と同時に先生になれば、たかが十年です。その分野にもよりますが、スポーツでもその年数で一人前になれるのはフィギュアスケートなどの一部のスポーツではないでしょうか。確かに、イチロー選手、大谷選手、瀬古さんなど二十過ぎで一流の域に到達したスポーツ選手もいますが、それはごく一部の人間です。マラソンも野球もだいたい30歳前後でしょう。人々に認知されているのはごく一部のスター選手なのでイメージとしては20歳前半くらいということになるのだと思います。

 これが他の分野ならたった10年で一人前になれる分野なんてほとんどないでしょうし、始める時期も高校・大学を卒業してからなので一人前になるのは早くて30代、遅ければ50台、60代でしょう。10年、20年、30年と高いレベルの集中力と創造性を維持しようと思えば、努力している場合ではありません。


 中学生に説明する場合にはもっと言葉を変えなければいけないとは思いますが、子供達に努力することの大切さを説くようなプロスポーツ選手がそのうちいなくなればいいなと思います。

 長距離走、マラソンについてもっと学びたい方はこちらをクリックして、「ランニングって結局素質の問題?」という無料ブログを必ずご覧ください。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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