今回はもう一度改めて冬季練習の目的を運動生理学的な観点からも書かせて頂きます。
私が高校生の頃、短距離の柴田博之先生が「冬季練習も短距離にとって一番大切なのは最大速度を高めること。これが死ぬような練習は意味がない。だから、30mのミニハードル走をするにしても、なるべく速く動くように意識しなさい。冬季練習だからと言ってダラダラと長時間練習しても意味がない」というようなことをおっしゃっていたのを盗み聞きしていました。
中島先生の方がその辺りは詳しいと思います。
短距離にとって一番大切なのは、最高速度を高める(最大筋力を高める)ことだとすると、中長距離選手にとって最も大切なのは何でしょうか?
それは骨格筋内(特に脚筋内)における酸素利用能を高めること=酸素を使ってエネルギーを生み出す能力を最大限に高めることです。
この能力は通常は1分間における体重1キロあたりの最大酸素摂取量によってあらわされます。
何故ならば、現在の実験器具では、実際に骨格筋内における酸素を使って生み出されたエネルギー量を測定することが出来ないからです。ですから、酸素摂取量が増えれば、骨格筋内における酸素を使って生み出されたエネルギー量も多くなっているだろうという仮定に基づいています。
そして、この仮定に基づく実験で何の不都合もありません。
ジョギングから徐々にペースを上げていくと、単位時間内における(例えば1分間の)エネルギー需要が徐々に増えます(徐々に増えることを漸増と言います)。それに伴い、酸素摂取量も増えていきます。必要となるエネルギー量が増えるから、エネルギーを生み出すために必要な材料=酸素の摂取量も増えていくのです。
そして、およそ3000mのレースペースにおいて酸素摂取量は最大に到達します。それ以上はペースを上げても酸素摂取量は増えません。つまり、およそ3000mのレースペースにおいて酸素を使ってエネルギーを生み出す最大値に到達するのです。
800mや1500mにおいても最大酸素摂取量に到達しています。ただし、酸素を使ってエネルギーを生み出すエネルギーシステム(有気的代謝系)だけを使っていたら、必要なエネルギー量をまかなえないので、酸素を使わないエネルギーシステム(無気的代謝)も同時に使います。
また誤解の無いように書いておくと、人間の体は3000mのレースペースを境目にピタッと無気的代謝を使うようになる訳ではありません。それよりも、遅いペースから無気的代謝を使っています。
ですから、5000mのレースでも10000mのレースでも無気的代謝は使っています。ただ、酸素を使って生み出したエネルギー量が最大に到達するのはおよそ3000mのレースペースです。
無気的代謝を使うことのデメリットは、代謝の過程において乳酸が生じ、更にその乳酸から水素イオンが生み出され、この水素イオンが血液のpH値を下げることです。我々の体は弱アルカリ性で最も正常に働くのですが、pH値が正常値よりも下がってしまうことで代謝が阻害されます。
代謝が阻害されることによって、エネルギーの産生量が低下します。エネルギーの産生量が低下するとペースダウンを余儀なくされます。
ここでおさえておかなければいけないのは、有気的代謝でまかないきれない分を無気的代謝によって補うという関係性です。有気的代謝、つまり酸素を使ってエネルギーを生み出す能力が高ければ高いほど、無気的代謝を必要とせずに速いペースで走ることが出来ます。
5000mが速い、あるいは3000mが速いということは基本的に酸素を使ってエネルギーを生み出す能力が高いということです。ですから、5000mや3000mが速い人は基本的に1500mも800mも速いのです。
短距離の遅い私が皆さんよりも800mや1500mが速い理由は酸素を使ってエネルギーを生み出す能力が皆さんよりも高いからです。これは非常に単純な運動生理学的な理由なのです。
では、この骨格筋内において酸素を使ってエネルギーを生み出す能力を高めるにはどうすれば良いのかということですが、先ずおさえておかなければいけないのは、3000mのレースペースを超えるような強度でのトレーニングは効率が悪いということです。
何故ならば、3000mのレースペースを超えたとしても、酸素を使って生み出されるエネルギー量はそれ以上増えないにも関わらず、維持できる時間や実施出来る頻度が少なくなるからです。
具体例を挙げると、1500mのレースにおいても酸素摂取量は最大酸素摂取量です。有気的代謝を使って最大限にエネルギーを生み出し、足りない分を無気的代謝によって補うのです。そして、5000mのレースにおいてもほぼほぼ酸素摂取量は最大酸素摂取量です。
若干、最大酸素摂取量を下回るのでしょうけれど、誤差範囲と言って良いでしょう。
この時、1500mのレースペースで1000m5本を実施するのは非現実的であるのに対し、5000mのレースペースで1000m5本実施するのは非常に現実的です。つまり、あまりにも強度が高すぎるとトレーニング効果は高まらないにも関わらず、こなせる距離も頻度も少なくなり、更にオーバートレーニングや故障のリスクが高まります。
ですから、上限はおよそ3000mのレースペースに取るべきなのです。
では、下限はどこに取るべきなのでしょうか?
様々な研究者はおよそ最大心拍数の60%あたりにとります。その根拠は、心臓の一回拍出量はおよそ最大心拍数の60%で最大に到達するからであり、つまり、心臓の筋肉は最大心拍数の60%あたりの強度で最大筋力に到達しているからです。
もう少し詳しく説明すると、酸素は血液中のヘモグロビンと結びついて血液とともに全身を流れ、骨格筋にたどり着くと、ヘモグロビンから筋中に存在するミオグロビンという酵素に受け渡されます。そして、ミオグロビンから筋細胞の中にあるミトコンドリアという器官に受け渡され、最終的にはミトコンドリア内で酸素を使ってエネルギーを生み出します。
このように、酸素は血液によって全身に運ばれるので、骨格筋に供給する酸素の量を増やすには全身を巡らす血液の循環量を増やさないといけません。その為には、心臓の一回拍出量と単位時間当たりの心拍数(通常は1分間の心拍数で表される)を増やさないといけません。
そして、1回の拍出量に関しては、およそ最大心拍数の60%で最大値になります。研究者によっては65%という人もいますが、誤差範囲と考えて良いでしょう。
酸素を使ってエネルギーを生み出す能力を高めるためのトレーニングの下限値はだいたい最大心拍数の60%あたりに取るのが目安です。
例えば、仮に私の最大心拍数を200としましょう(最近はめったに180すら超えませんが)。そうすると、60%は心拍数が120です。今日実施した20キロの低強度走の平均ペースが1キロ4分11秒で平均心拍数が129ですから、私の場合はこの程度の強度でもトレーニング効果があると考えられます。
おそらく、皆さんの場合、1キロ5分くらいのペースでも心拍数は120くらいまで上がっているはずです(私の場合で直近のデータは113ですが、もしかすると最大心拍数が200もないかもしれないので、そうするとやはり60%に到達していることになります)。
そうすると、ジョギングの主な目的は血液循環量と酸素摂取量を増やすことで疲労の回復を促すことですが、同時に積み重ねればトレーニング効果があるはずなのです。
そして、強度が低ければ低いほど、簡単に運動時間を増やすことが出来、頻度を増やすことが出来、オーバートレーニングや故障のリスクが低いというメリットがあります。
ただし、あまりにも強度が低いとトレーニング効果が低いので、良いところどりになるように中強度の持久走を多用する訳です。心拍数で言えば、最大心拍数の70%から80%あたりが目安になるでしょう。およそ140から160くらいになるはずです。
最終的には目標とするレースペース前後のトレーニングを繰り返すことが重要になるので、来年の3月中旬くらいから、それぞれの種目に応じた練習を徐々に導入していきます。
それまでは800mの選手も5000mの選手もこの骨格筋内における酸素を使ってエネルギーを生み出す能力を高めることがトレーニングのアルファでありオメガになります。
ただ、週に2回は坂でのバウンディングと坂ダッシュを入れて、最大筋力の向上も図ります。
意図は二つで、最大筋力が高まれば故障の予防になるということと、最大筋力が高まるということは短距離が速くなるということであり、短距離は速ければ速いほど有利だからです。
逆に、短距離が遅いとどうなるのかということですが、先ず単純に自分の専門種目のレースペースと100mのレースペースとの差が小さいと余裕を持つのが難しくなります。
例えば、私の場合は今までの200mのベストタイムは27秒です。そうすると、800mを2分ちょうどで走ると考えて、200mあたり3秒しか余裕がありません。それでも、1000mを2分32秒で走っているので、スピード持久力的にはそこそこ優れていたんだと思いますが、いっぱいいっぱいはいっぱいいっぱいです。
もしも、200mを25秒で走れていれば、2分半は切れたのでしょう。
また、レース展開の幅も狭くなります。勝負の世界は相手が勝つのか自分が勝つのかの二つに一つしかありません。そうなると、自分が苦手なパターンに持ち込まれたらダメなんです。そうなってくると、どうしても私の場合は早めにしかけないとダメです。
5000mで言えば、必ず3000mから4200mあたりに相手が苦しくなるポイントがあります。ここで揺さぶりをかけて相手にダメージを与えておかないとラストスパート一発勝負だと私が負ける可能性が高くなります。
あるいは京都府インターハイの時は、3000m時点で集団の人数がそこそこあったので、一度ペースを上げて集団の人数を絞ってからラストの勝負に持ち込んでいます。そうしないと、持久力に欠けるけど、スパート力だけはあるやつが最後まで残ってしまうと、自分が不利になるからです。
先ずは集団の人数を絞って、トップ6を確定させておいて、そこからその中で1番を取りに行きました。私が3年生の時は、前2人が飛び出して、私以降が3番手集団を形成し、結局ラストスパートで敗れてコンマ差で4位になったのですが、とりあえず中盤で揺さぶって後ろは振り落としてあったので、4位には入れました。
ただ、相手が苦しいということは自分も苦しい訳ですよ。いっつも苦しいところで前に出ないといけないので、やっぱり苦しいです。出来れば、私も最後の最後まで人の後ろについて最後にスパートかけて仕留めたかったです。
でも、それが無理だから、相手が嫌がるところで揺さぶりをかけて振り落としにかからないとダメなんです。
ちなみに、大学生になって西日本インカレという優勝したら全国大会に出られる試合があったんですけど、10000mはスタートから先頭に立って中盤以降何度もペースを上げたり、下げたりして揺さぶって振り落としていきましたけど、1人だけ最後まで残ってラスト200mからスパートされて0.2秒差で2位、5000mも3000m以降ゆさぶりをかけて振り落としていったけど、ラスト100mでスパートされて0.1秒差の2位、優勝されたのは今中国電力で5000mも13分40秒をマークされている相葉直紀さんですけれども、そういうレースもありました。
やっぱり、優勝する選手は最後の最後まで後ろで息をひそめている選手が多いです。そして、それが出来るのは短距離が速いからです。
短距離が速いと色々なパターンに持ち込めるので、幅が広くなります。私の場合は、どうしてもレース展開の幅が狭くなります。京都府高校駅伝では3年連続で区間賞獲ってますけど、駅伝はスパート力関係ないからですよ。皆単独で走って、イーブンペースを刻んで一番速い選手が区間賞です。
だから、私は3年間でトラックレースで1番になったのは1回だけですけど、駅伝では3年連続で区間賞でした。その理由は骨格筋内における酸素を使ってエネルギーを生み出す能力は高かったけれど、短距離は遅かったからです。
という訳で、上記の二つがこの冬に取り組む主要な内容になります。分からなかったところは私に質問するか、山部君が理系だと聞いているので、山部君に聞いておいてください。
また、最悪理解出来なくても、私が出す練習を信じてやれるのであれば、それで構いません。
ただし「何故800mや1500mをやるのに、毎日毎日10キロ前後の持久走ばかりやるのか、週に数回は15キロも20キロも走らないといけないのか」と思ったとしたら、それは上記の内容を理解しようとしなかったあなたの責任であって、私の責任ではありません。
そうならないように、分かるまで自分で何度も読み直すか、私に質問するか山部君に質問するかしておいてください。
Commentaires