エリートランナー解体新書

「困難は分割せよ」


 これは中学校の時の国語の教科書に出てきたルロイ修道士の言葉です。「困難」という言葉はふさわしくないかもしれませんが、ある目標に向かって進むときにそこに至るまでの過程を分割することで、より現実的に感じられたり、そこに至るまでのステップが見えやすくなるということはよくあることです。


 ランニングの場合はどうでしょうか?ランニングにも似たようなところがないでしょうか?自分よりもはるかに走るのが速い人を見ると絶望にも似た気持ちを感じます。どうやったら、そんなに速く走れるのかと驚きを感じます。でも、それを分解していくと、「これは無理だけど、これは出来る」みたいなものも出てくるわけです。今回は、そんなランニングの要素を分解して考えてみたいなと思います。


 では、まずここでいうエリートランナーとはどのレベルの選手かということですが、私は別にレベルを問わないというふうに考えています。サブ3でもサブエガでも、サブテンでもはたまたサブ4でも、レベルが変わっても原理原則は変わりません。ここでは、単純にあなたよりも速いあの人、もしくはあなたが憧れるあの人というふうに考えてみてください。それでは憧れのあの人と自分との差は何になるのでしょうか?


 勿論、何が違うのか、どの要素における差が一番大きいのかということに関してはケースバイケースです。ケースバイケースで私にもあなたにもわからないことですが、ここでは思いつく限り「事件の手がかり」を挙げていきましょう。


 まず一番先に思いつくのが、単純な行動量です。走り始めて何年目とか走り始めて今までに何キロ走ったとかそういうことです。特に初期の段階はこの差が顕著に出ます。やっぱり月間200kmを1年続けた人よりも、3年続けた人の方が速いことが多いです。また、月間600kmの人の方が、月間200kmの人よりもたいていの場合は速いです。最近はよく「練習は量より質だ」という人が多いのですが、陸上競技のトレーニングにおいて「質より量」とか「量より質」とかそんなふうに簡単に言い切れるものではありません。


 あくまでもその人の過去のトレーニング状況、現在のトレーニング状況、次目標とするレースの距離や日時、いろいろな要素から判断する必要があります。ですから、ケースバイケースです。ケースバイケースではありますが、練習量が少ないと体に抵抗がないので、質の高い練習自体がこなせません。練習量はある程度増やした方が質の高い練習もこなせるようになっていくものです。


 そして、特に顕著になってくるのが、トレーニングを始めた初期のころです。トレーニングを始めた初期のころというのはある程度やればやるほど伸びていく時期ですから、たいていの場合は練習量に比例して走るのが速くなります。ただ、それぞれの体には限界がありますから、これも多ければ多い方が良いということではなく、練習は段階的に増やしていくべきです。


 そうなってくると、1そもそも練習量は少しずつしか増やせない、2同じ月間200kmでも1年走っている人と3年走っている人では、単純に人生における走行距離が約3倍違うという二つの事実から大きな差となるわけです。ですから、続けていくうちに「あこがれのあの人」に追いついたという例はたくさんあります。


 私自身も高校入学時のあこがれの先輩というのは、たくさんいらっしゃいましたが、何とか記録的にはその当時の先輩方のタイムは抜けるようになりました。これは別に私がその先輩方よりも凄いということではなく、私はずっと走り続けているという、ただそれだけのことです。


適切なトレーニング計画

 では、行動さえし続ければ速くなるのでしょうか?残念ながら、そんなことはありません。適切なトレーニング計画に基づいてトレーニングをしないと速くはなれないのです。確かに走り始めた初期のころというのは、走れば走るほど速くなるという状態に近いです。走るたびに自己ベストという人も多いです。この頃というのはマリオカートでいうスターの状態で、何をやっても上手くいくような気がしてきます。この時期にランニングのとりこになってしまう人もたくさんいます。


 それは良いことなのですが、そのあとはさまざまな理由から伸び悩む人が多くなってしまいます。私はこれもランニングの魅力の一つだと思います。テレビゲームをするにしても、鼻くそほじくりながら、片手でクリアできるようなゲームは面白くないでしょう。ある程度の障壁があるからこそ面白いのです。


 伸び悩むというのは「君はこのままでは駄目だよ。やり方を変えてみなさい」と天が教えてくれると思えば良いのです。では、何を変えれば良いのか?単純に行動量を増やすというのも一つですが、それは一番目の論点なのでここでは書きません。また、私のオンライン講座の受講生の方々も実質的にはこれ以上練習量や練習の質を大幅に増やせない方がほとんどです。お仕事の合間に走り、すでにある程度熱心に走っている人ならそうなるのは当然です。


 それでも、適切な練習計画を立てれば簡単に速くなります。3時間半より早い人なら1-2年でサブ3を達成するというのは最近では、普通になってきました。では、そのような改革はどこから来るのかということですが、基本的には組み合わせから来ます。私はこれを「組み合わせの妙」と呼んでいますが、様々な練習を適切に組み合わせることで、一見大したことのない練習からもびっくりするような結果が生み出されるのです。


 私がこれを人生の中で最高レベルで体現できたのが、ハーフマラソンで63分09秒を出す前の半年間と30kmで1時間31分53秒を出す前の半年間です。この時は我ながら大した練習はやっていないなと思います。トータルで見れば、きつかったです。それは当たり前です。所詮二流レベルのタイムとはいえ、このくらいのタイムになると最低でも仕事として走るのに近いレベルかそれと同じレベルでやらないと出せません。


 ただ、一本一本の練習を見たときに、じゃあ本当にすごい練習をしたのかというと全然そうでもありませんでしたし、練習どころかレースですら、5000m15分台とか10000mで31分かかったこともありました。普通にそれよりも速いペースで倍以上の距離を走っている訳です。それは何故かというと狙ったレースに向けて少しずつ色々な刺激を組み合わせて、ピーキングも最高に上手くいき、また心理的にも最高の集中状態を作ることができたからです。


 ちなみに30kmで1:31:53を出した時は1000m10本を400mつなぎでやるようなインターバルでも3:05-3:00くらいでしか出来ていませんでした。これは土トラックでのタイムなので、5秒くらいは速くなるかもしれませんが、それでも3:00―2:55です。それ以上はやらなかったのではなく、できませんでした。1000mを400mでつなぐのと同じペースで、レースでは30kmを走っている訳ですから、いかに組み合わせとピーキングが上手くいったかお判りいただけると思います。


 ちなみにこのレース前は一番速くても15kmを46分半くらいでしか行けていませんでしたから、これもやはりレースでは倍の距離をそれよりも速いペースで押し切っています。ハーフマラソンで63分09秒を出した時も、一か月前の10000mでは、29分51秒です。同じペースで倍の距離を走っています。これは偶然ではなく狙ってハーフマラソンにピークを合わせに行ったのです。


 ここまで上手くいくことはそれほど多くはありませんが、それなりに上手くいくというレベルであっても、この「組み合わせの妙」は大きな力を発揮します。逆に私自身もあれだけ練習したのにこんなもんかというレースはあります。逆に組み合わせ方が悪かったか悪かったとは言わないまでも、あまりうまくいかなかったなと思うレースです。いずれにしても、同じ努力の量でもこの組み合わせ次第で大きく変わるということです。


トレーニングにおける理論と実践

 トレーニングを考えるにあたっては大きく分けると、2つの要素があります。それは理論と実践です。理論というのは原理原則と言い換えても良いのですが、一流選手からマラソン4時間台、5時間台の方まで当てはまる共通のものです。細かい部分は確かにレベル別に考えていく必要がありますが、基本的には2時間一桁で走る選手もマラソン4時間台の選手も同じです。


 要するに、私もあなたも基本的には同じ人間であると言って良いということです。真面目な話です。これを読んでいるあなたの走力がどのくらいかは分かりませんが、あなたの走力がいくつであろうと、基本的にはあなたも私も同じです。ですから、当然原理原則の部分は同じとなるわけです。まずは、「組み合わせの妙」を実現する為の原理原則の部分を理解する必要があります。


 では次に実践の部分ですが、トレーニングには実践の部分があります。例えるならこういうことです。皆さんも子供のころ、親や学校の先生に名前を呼ばれるときにどのように呼ばれるかで、即座に危険を察知したり、良さそうなことがありそうだと思ったりしなかったでしょうか?怒りを押し殺したような声で「秀」と言われたときは、即座に起こられることを覚悟しましたし、いまにも歌いだしそうな弾むような声で「秀」と言われたときには「あっおやつでもあんのかな」と思いました。


 同じ「秀」という全く同じ二音節からなる単語でも、その言い方によってそこに含まれる意味が変わるのです。それと同じで全く同じ理論や原理原則に基づいていても、それをどのようにやるかで変わります。これはもう少し実践的なやり方の問題になってきます。ここにはどのような力加減でやるかとか、どのような意識でやるかとか、どのくらいの集中力で取り組むのかとか様々な要素が関わってきます。その総合的な問題として、やり方というのが決まってきます。


体そのものの状態

 ここでもう一つ重要になるのが体そのものの状態です。最近はコンディションと言った方が伝わるのでしょうか?体の状態、体調、コンディションなどなどと呼ばれるものです。トレーニングは食べ物の消化吸収に本当によく似ています。食べ物も体の状態が良くないと食べても上手く吸収されません。特に病気の時というのは、ほとんど消化吸収されず、従って食欲というのもありません。


 トレーニングとその吸収=適応に関しても同じことが言えます。体の状態が良ければ良いほど、吸収できるトレーニングの負荷が高くなります。要するに、同じトレーニングをやっていても、その向上に差が出るということであり、また自分の限界値を引き上げることができるということでもあります。人の体にはそれぞれ固有の限界値というものがあります。ここまでのトレーニングなら体が適応するけれど、これ以上は適応できないという限界値です。これは人によって食べられる量が決まっているというのと同じです。


 そして、やはり食べ物同様、体調が良ければ、吸収できる練習の負荷は大きくなるので、より多くの練習に取り組むことができ、そのトレーニング刺激に対しても体が適応します。そのサイクルを回していくことで長距離走・マラソンは速くなっていきます。


 わかりやすいように食べ物でいえば、トレーニングをすれば消化器系が丈夫になる、消化器系が丈夫になるから消化吸収できる分量が多くなる、消化吸収できる分量が多くなるから、食べられる量が多くなる、食べられる量が多くなるからさらに消化器系が丈夫になる、さらに消化器系が丈夫になるから消化吸収できる分量が多くなるという具合です。


 これもトレーニング同様限界があります。人間である以上、ゾウさんと同じ量は食べられません。この分量は陸上競技でいえば、世界記録です。ですので、ほとんどの人は人間としての限界を心配する必要はありません。人間としての限界がどこにあるのだろうと心配する権利があるのは、世界記録保持者とその周辺の人だけです。


 いずれにしても、このトレーニング刺激を吸収できるだけの体調というものが物凄く重要になってくるので、この体調管理も走