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調整に関するよくある過ち

 突然ですが、あなたは調整練習というものを聞いたことがありますか?


 重要なレースの前などに練習の負荷を落とすことを一般に調整というのですが、この調整を誤解しているアマチュアランナーさんが非常に多いので、今回はその過ちを指摘させて頂くと共に正しい調整のやり方について解説をさせて頂きます。


 調整に関するよくある過ち、それは巷で言われているような〇日前にこれをやれば良いとか、〇週間前にこれをやれば良いというような練習をみた時に、一歩引いた視点から「だいたいそのくらいやっておけばOK」という捉え方をしているのであれば良いのですが、積極的な意味合いにおいて「〇日前にこれをやれば良い記録が出る」と思っているのであればそれは誤りであるということです。

 レースでの結果なんていうのはレースの2週間前の時点でほぼ全て決まっています。4週間前の時点でも大方決まっていると言って良いでしょう。

 では、最後の2週間前の調整では何をやっているのかというと以下の二つです。

1余分な疲労を取り除く

2練習に余裕を持たせて過去のトレーニング刺激に対して最大限適応するチャンスを体に与える

 ですから、この段階で何かをやったら走力が向上する訳ではないのです。寧ろ、何かをやらないことによって走力が向上します。英語ではこれをLess is more(より少なくこそがより多く)と表現します。

 ただし、上記二点のプラス点があったとしても、あまりにも練習しなさすぎると以下の二つのマイナス点が起こります。

1走力が低下する

2走技術が失われる

 上記二点を防ぐために行われるのが、通称「刺激」と呼ばれるものです。これを8日前刺激とか4日前刺激などと呼ぶのが陸上界の通例です。刺激をテーマに論文を執筆した人がいるくらい一般的なものなのですが、学界では「刺激」という用語はあまり専門用語としては定着しておらず、俗語の域を出ません。

 実際に、本ブログ読者の皆様も元陸上部じゃなければ聞いたことがないという方も多いと思います。

 では、刺激の中身はどのようなものであるべきかということですが、一言で言えば、レースペース付近の何かであるべきです。

 先日のブログ記事「市民ランナーの方によくある9つの過ち」でも書かせて頂いたのですが、トレーニングは常に一般性から特異性へと移行していくベきで、この過程において培われた全ての一般的な能力は特異的な能力の向上に役立ちます。

 ですが、最終的には特異的な能力こそが重要なので、調整においてもこの特異的な能力を失わないようにさえすれば良いのです。そうすると、必然的にレースペース前後での何かが最も効率の良い練習となります。必要最小限の刺激というやつです。

 では、レースペース前後でどのくらい走れば良いのかということですが、これは種目によります。

 例えば、800mや1500mならば、レースで全力で走ってもさほど疲労を持ち越しません。ですから、刺激もレースに準ずるような何かでも大丈夫です。

 例えば、洛南高校の1500mの選手がよく4日前刺激でやっていたのは1200m+300mを100mジョギングでつないで、だいたいこの合計タイムがレースのタイムになるというものです。

 弊社副社長の深澤哲也に聴いてみると中学時代もこれをやっていたそうです。当時の全国大会の標準記録は3000mが9分2秒、1500mが4分10秒5、1500mの方が圧倒的にレベルが高く、京都で言えば私の1つ上の代と2つ上の代は8人くらい3000mで全国大会を決めたのに対し、1500mの方は一人いるかいないかといった感じでした。

 私の一つ下の代では東海真之介という全国大会で入賞もした選手と深澤の二人がいけるかどうかといったところでした。結局、深澤は2秒差で全国大会の切符を逃したのですが、いずれにしても1200m+300mとかそんな感じです。

 私の場合は、練習で1200m+300mを一人でやって1500mゴールタイムでやるのはキツイなというのと、心身ともにレース当日に爆発したいという二つの想いから、800m+400mだけやりました。

 いずれにしても、800mや1500mの場合はレース4日前でもまだ、レースと同じくらいの距離をいれて大丈夫です。

 ただ、5000m、10000mになってくるともうちょっと抑えたいよねという感じになります。ですが、1週間間が空けばなんの問題もありません。

 という訳で、8日前に10000mなら1000m10本や2000m5本、5000mなら1000m5本、もしくは10000mなら5000mのレース、5000mなら3000mか5000mのレース、そして、4日前にもう一度軽く400m10本、1000m3-4本、2000m+1000m、3000m1本などを行うケースが多いです。

 ハーフマラソン、マラソンになると、これはもう8日前でもレースの距離を走ると絶対に疲労が残りますから、8日前に10キロのテンポ走、4日前に5キロのテンポ走かもしくはそれに準ずるインターバルというパターンが多いです。

 私の場合は、基本的にはコーチの言うことに従いますが、そうじゃなければ(何も言われなければ)単純に直近に実施した特異的なワークアウトの量を減らすのがやりやすいです。

 例えば、2キロ6-7本を2分休息でハーフマラソンレースペースというのをやっていたのであれば、単純にそこから本数を減らして8日前に4本、4日前は2キロ3本という異様な感じです。


 これで本数も減らして、レースペースでも走っているので走力も走技術も落とさずに体の方には余裕をもたせられるはずです。

 そして、プラスアルファの要因として、基本的に同じ練習ならば練習場所を変える必要もなく、同じコースだと体調も把握しやすく、心理的にも同じことを本数減らしてやっているので「確かに練習の負荷を落とした」という確信が持てます。

 これを私は領収書の役割と呼んでいます。

 お金を払ったことなんか双方確認済みなんだけれど「確かに受け取りました」と渡すのが領収書、この練習もだいたいAの練習の方が負荷が高いか、Bの方が負荷が高いかなんて言うのはやらなくても分かるんだけれど、同じ練習を同じ休息とペースで本数だけ減らせば(もしくは距離だけ減らせば)確かに練習の負荷を落としましたという確信が得られます。

 一方で、今までの自分の練習の流れを無視して、急に本に〇日前にこれをやれば良いと書いてあったからこれをやるとか、ユーチューブで〇日前にこれをやれば良いと解説していたからこれをやるとか、他の人が〇日前にこれをやれば良いと言っていたからこれをやると言っていたからこれをやるということをやってしまうと感覚がつかめていないので、ついつい追い込みすぎてしまったということになりかねません。

 もちろん、必ず追い込みすぎると言っている訳ではなく、私は感覚が掴める練習の方を好むと言っているだけです。

 ただ、いずれにしても、積極的な意味において調整で〇日前にこれをやれば結果が出るという練習は存在しないです。

 各自が走力と走技術を落とさないように、最小限の負荷をかけられるお気に入りのワークアウトを見つければそれで良いのです。

 そして、この時の「走力を落とさない」という目的を考えると、質的にはレースペースの95%程度で充分です。これは私自身の選手として、コーチとしての両方の経験と多くの一流ランナー、一流指導者さんに話を聴いてみた結果として断言できます。

 で、ここで面白いのが過去に「洛南高校駅伝部4日前刺激の謎に迫る」というブログ記事を書いているのですが、私が高校時代には重要な駅伝の4日前に3000m2本を9分30秒と9分25秒でやるという調整が定番でした。

 高校駅伝は3キロ区間から10キロ区間まであり、距離が違うのですが、全体のレースペース=42.195キロのレースペースは約1キロ3分ペースです。

 高校時代はこの練習が凄く不思議だったんです。先生は「4日前は余裕をもって終わった方が良い」とおっしゃっていたのですが、それやったらもうジョグと流しで良くないかと思っていましたし、やるならやるでもうちょっとレースペースくらいでやった方が良いのではないかと思っていました。

 ですが、今計算してみると1キロ3分=180秒、180×0.05=9、9+180=189となり、1キロ3分ペースの95%は1キロ3分9秒ペースになります。恩師が経験的にたどり着いた設定ペースとほぼ同じなんです。

 こういうことってよくあるんです。勉強すれば、勉強するほど人間の体なんてほぼ同じなんだなと思います。

 ちなみに、私のコーチもよくそれはおっしゃいます。最後の調整の段階で、多少量が多くても良いけど、ペースが速すぎることだけは絶対に認められないとそうおっしゃっています。どちらかと言えば、レースペースよりも遅いのは良いけど、速いのは駄目だとおっしゃっています。

 ちなみに、調整に関しては「最後は量を落として質を上げる」と書いている本が多いですし、実際にそのように教えるコーチも多いです。ただ、私はあまりおススメしないです。例えば、レースの6週間前や4週間前くらいから量を落として質を上げるのは良いと思います。

 ただ、やっぱり最後の2週間はそれより質を上げない方が良いです。そもそも、量を落としても質を上げると練習の総負荷は落ちていないので、調整の大きな目的である

1最大限に余分な疲労を除去する

2体に余裕を持たせて最大限に過去のトレーニング刺激に対して適応するチャンスを体に与える

という二つの目的が達せられません。

 なので、レースペース前後を旨とし、どちらかと言えばやや遅い方が良いというのが基本であると思います。

 ただ、繰り返しになりますが、仮にややレースペースよりも速い、あるいはレースペースであったとしても過去にやっていた練習から本数や量を減らせばそれで問題がないというのが私の経験上の結論です。

 ここまで刺激の目的の一つに「走技術が失われないこと」を挙げていましたが、ここまで触れていなかったので最後に触れておくと、長距離走、マラソンにおいて一番重要なことは「目標とするレースペースで走った時に最大限に力を抜くこと」です。

 それ以外の腕振りがどうのこうの、接地がつま先からか踵からかというようなことは「目標とするレースペースで走った時に最大限に力を抜くこと」ための方法論です。

 そして、この技術は反復練習によって身につけるのが第一ですが、やはり一度身につけたものを忘れずに、一番良い状態でレース当日を迎えたいのも事実です。

 ですから、この観点からもレース直前まで何度かはレースペース前後で走って最大限に力を抜く感覚を維持しておきたいところです。

 この話を突き詰めていけば、たとえ200mでもマラソンレースペースで走って力を抜くということは可能です。技術練習として、200m5本を行うような場合、別に速く走る必要はなく、ハーフマラソンのレースペースやマラソンのレースペースで構いません。

 ただ、やっぱり人間って無意識のうちに、距離が短くて、間に休息があると余計な力が入りがちなので、休息を挟まずに8日前に10キロのマラソンレースペース走、4日前に5キロのマラソンレースペース走を実施して、なるべく力を抜くという意識を持つ方が感覚を掴みやすいのかなとは思います。

 という訳で、以上が調整練習に関する基本的な考え方になります。繰り返しになりますが、「だいたいこんな感じでやっておけばOK」と思えるような練習を自分で持っておくことが大切ですが、それはあくまでも「最低限だいたいこのくらいやっておけば走力も維持できるし、走りの感覚も失われない」という意味であり、決して積極的な意味合いにおいて「〇日前にこれをやればレースの結果が良くなる」というような練習は存在しないということを理解して下さい。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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