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マラソンは時間がかかる競技である理由

更新日:2021年10月16日


前回の記事でアンヤ・シェール選手を取り上げた際に、最後にマラソンは時間がかかる競技であることを述べました。時間がかかるというのは2時間もかかるという意味ではありません。30歳前後にならなければ、その人の能力の限界点に到達するのは難しいということです。20代前半で生涯ベストを出す人もいますが、そこがその人の限界ではなかった可能性が非常に高いと考えています。その理由を以下に述べていきたいと思います。

各種目の決定因子

各種目にはそれぞれ最も重要な生理学的な決定因子があります。その競技能力を決定づける主要な要素と言い換えても構いません。ここでは詳しい解説は省きますが、5000m走において最も重要な決定因子は最大酸素摂取量、10000m走・ハーフマラソンにおいては乳酸性閾値が最も重要な決定因子となります。最も重要な決定因子というのはそれだけでその種目の競技能力が決まるという意味ではありません。5000m走においても乳酸性閾値が重要になりますし、逆に10000m走とハーフマラソンにおいても最大酸素摂取量は重要になります。他にはメンタリティも重要になりますし、ピーキング能力も重要になります。最も重要な決定因子というのは、それだけでその種目の競技能力が決まるという意味ではなく、その種目の競技能力を最も大きく左右する要素のことです。


ハーフマラソン以下の距離のレースとマラソンレースで最も大きく異なる競技能力の決定因子は、脂肪の有気的代謝の代謝速度です。よくマラソンレース後半に失速する選手がいると、グリコーゲンが切れたという人がいます。これはよほどのことがない限り(失神するなど)、文字通りグリコーゲンが枯渇したわけではありません。厳密に言えば、グリコーゲンの貯蔵量が減少したために、代謝システムを少し変える必要が出てきたのです。人間のエネルギー代謝には次の4種類があります:


1.クレアチンリン酸系

2.無気的解糖系

3.有気的解糖系

4.有気的脂肪分解系


 よく勘違いしている人がいるのは、どれか一つの代謝経路のみを使用していると考えている人です。例えば、100m走はクレアチンリン酸系回路のみでエネルギー代謝を行っていると考えている人がいます。若しくは、400m走においては、前半は有気的代謝によってのみエネルギー供給を行い、後半は無気的解糖系のみでエネルギーを供給していると考えている人もいますが、これも誤りで人間は常にハイブリッド式で、エネルギー供給をしています。安静時は約70%を有気的脂肪分解系、残りの30%を有気的解糖系でエネルギーを供給しています。ジョギングから持久走とだんだんと運動強度を上げていくと徐々に有機的解糖系の割合が大きくなり、10000mのレースペースくらいの強度では有気的代謝だけではエネルギーの供給が追い付かないので無気的解糖系の代謝も活発になります。そして、スプリント種目になると、クレアチンリン酸系回路を使うようになります。


 ハーフマラソンのレースペースでマラソンを走り切ることが出来ないのは、そのペースで走ると有気的解糖系の代謝を使いすぎるため、途中で糖が減ってしまうからです。そのため、途中で体は脂肪分解系の代謝を多く使うようになりますが、脂肪分解系の代謝速度は、有気的解糖系の代謝経路に比べると代謝速度が遅いためペースを落とす必要が出ます。これが、マラソン終盤のペースダウンです。

 さて、ここで下の表(1994年マクアードレ その他 修正へバート・シュテファニー)を見ていただきたいと思います。

          出典:Das große Laufbuch Herbert Stefany著)

Anpassungsfaktor 適応要素

Enzyme der Fettverbrennung 脂肪燃焼酵素

Durchblutung Kapillarisierung 毛細血管密度

Ausdauerleistungsföhigkeit VO2max 最大酸素摂取量

Muskelquerschnitt ST-Fasern 筋断面図(遅筋繊維の割合)

Beginn トレーニング開始

Abbruch トレーニングの中断

Monate 月

この図は持久的トレーニングによる有酸素能力の長期の適応を表したものです。この表を見ていただくと、長期にわたって適応を示し続けるのは脂肪燃焼にかかわる酵素であることがわかります。つまり、有気的脂肪分解系の代謝速度がより速くなるということです。もっとわかりやすく言えば、より速いペースで走ってもより多くを脂肪分解系の代謝経路でエネルギーを賄えるようになるということです。この為レースの終盤までグリコーゲンを温存しておくことが出来るようになります。またトレーニングを中断すると最も急激に衰えるのも脂肪分解に関わる代謝酵素です。プロ野球選手は引退しても、一般人と比べると明らかに野球が上手いですが、マラソンランナーは引退して全く走らないと市民ランナーにも平気で負けます。これもこの辺りに理由があるのでしょう。この表では2年間までしか示されていませんが、私自身はもっと長期にわたって調査をしても同じ結果になると考えています。念のために述べておきますが、ジュニア期のトラックやロードレースのタイムは速ければ速いほど有利であるのは疑いの余地がありません。

 しかしながら、多少の個人差はあったとしても万人にとって、マラソンは長い道のりであると考えていますし、それは生理学的観点からのみではなく、推論や演繹が必要になるという観点からもそのように言えると考えています。万全の準備をしてマラソンに出るとどうしても年間3本(通常は2本程度)が限界になります。私がコーチホーゲンに出会った頃に言われたのは「小鳥をしとめるのにはショットガンで十分だが、大きな動物をしとめるにはライフルが必要だ。大物が表れるまで、藪の中でじっと待ち続け一発で仕留めなければいけない」ということです。長期間にわたるトレーニングで一発のレースにかけるというのは、短い期間での試行錯誤が不可能であるということを意味しますので、他の種目よりも推論と演繹が要求されます。


 大学・実業団の指導者の方々は速い選手をレースで走らせるメソッドに関しては物凄く長けていると思います。ですから、ハーフマラソンや箱根駅伝で結果を残している選手をマラソンで走らせるのは訳ないことでしょう。その結果が20代前半で2時間10分前後で走る選手を多く出しているのだと思います。ただ、過去に走れた選手が何らかのきっかけで故障や不調に陥るとそのまま終わってしまう選手が多いようにも感じます。それはある意味当然で、生理学的観点から言って、マラソンの決定因子となるシステムは適応に時間がかかり、衰えるのは速いからです。ただ真面目な選手が多く、それを自分の真の実力みたいに思ってしまい、もう駄目だと思ってしまうと加速度的に落ちていくのかなと勝手に推測しています。


 私自身はマラソンが面白くなるのは(今でも面白いですが)30歳くらいからかなと考えています。それは過去の経験をもとに縦横無尽に推論と演繹が出来るようになるのがそのくらいの年齢かなと考えているからです。それに加えて、長期間にわたるトレーニングへの適応もその頃にはかなり進んでいるでしょう。私自身は年齢に応じて、トレーニングプログラムも若干変えるべきだと考えています。理由は、若い選手の方がより一般的トレーニングを、ベテラン選手の方がより特異的な練習と特異的な練習からの体の回復に重点を置くべきだと考えているからです。

 30歳になった時の自分がどう考えているかはわかりませんが、24歳の自分は明らかに学生の頃よりも様々な種類のトレーニング刺激に対して適応反応を示しているので、もう少し一般的トレーニングに時間を割いた方が5年後10年後に活きてくるかなと思いますし、30歳くらいになるともう少し実践的な練習を取り入れても良いかなと思います。その辺りは、コーチホーゲンと意見交換しながら決めていくことになるとは思いますが。

  マラソンや長距離走は時間がかかる競技であるということを解説してきたのですが、必ずしも時短が実現できない訳ではありません。大幅な時短を実現をする方法、それは正しい努力を積み重ねることです。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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