筋持久力の鍛え方
突然ですが、あなたはフルマラソンにおいて、先ず初期の段階において手っ取り早く記録を伸ばすためには歩かずに完走できるようになることであるということに気づいておられるでしょうか?
あるいはあなた自身もその過程というものをあなた自身も歩いてこられたかもしれません。
例えば、初マラソンは5時間、次に4時間半、次に4時間切りと記録が上がっていくにつれて、歩かなくなっていったという経験をお持ちではないでしょうか?
あるいはハーフマラソンにせよ、フルマラソンにせよ、速い人の方が息を切らしてゴールに飛び込んでくるという事実に気づかれたことはないでしょうか?
これは多くの市民ランナーさん、およびランチューバーさんや市民ランナーのコーチングをされている方が見落としていることです。
もしも、多くの人が言うように、最大酸素摂取量、乳酸性閾値、有気的脂肪分解系の代謝によって競技結果が決まるのであれば、そもそも歩いてしまうというような現象は説明出来ません。
呼吸はペースを落とせば回復します。にも関わらず、何故走り切ることすらままならないのでしょうか?
これはグリコーゲンの枯渇では決して説明出来ません。ペースダウンを余儀なくされることの説明は水素イオンとグリコーゲンの枯渇によって説明可能です。
しかし、歩いてしまうことの説明は決して出来ません。
何故ならば、脂肪の貯蔵量は甚大で、フルマラソンを20回以上は走れるだけの力を貯蔵しているからです。そもそも論ですが、フルマラソンごときで燃料切れで歩いてしまうのであれば、ウルトラマラソンなど競技として成立しないではないですか。
そして、くり返しになりますが、歩くというような極端な現象をみると非常に分かりやすいですが、ここまで分かりにくくなくても、競技力のある人ほどハーフマラソンもフルマラソンも最後は息をきらして走っている、つまりは競技力の妨げとなっているもの、学術的には制限因子と言いますが、代謝系が妨げになっているのに対し、競技力が低い人ほど呼吸には余裕があるものの脚がきつくてペースが上がらないという状態になっています。
繰り返しになりますが、これは部分的にはグリコーゲンの枯渇で説明できます。
しかしながら、グリコーゲンの枯渇では説明出来ません。
さらに、競技だけではなく、練習に目を向けて見ましょう。
練習のペースが上がらないのは代謝系によって説明が可能です。
例えばですが、もしも1㎞3分半ペースが中強度の範囲に収まらないのであれば、それはあなたの代謝系が私の代謝系ほど優れていないからでしょう。あるいは、1㎞3分20秒ペースが中強度の範囲内に収まらないのは、私の代謝系が世界記録保持者や5000m12分30秒台で走る選手ほど優れていないからでしょう。
では、ここで問題です。
何が中強度であるかは代謝系で説明できます。
一方で、1日平均30㎞走っても私は仕事に支障が出ないのに対し、多くの人は支障が出るのは何故なのでしょうか?
もしも、あなたが労働基準法の範囲内か、せいぜい週に20時間、月に80時間程度の残業であるならば、労働時間は私よりも少ないか、私と変わりません。
そして、もしもあなたが自分と自分の家族の生活だけに責任を負っていれば良いのであれば、私よりも背負っている責任もはるかに少ないです。
つまり、多くの人が言うように、労働環境は理由にはなりません。私も深澤も多くの人が思っているような特別な環境で走っている訳ではないのです。
では、一体何によって説明可能なのか?
複数の要因がありますから、一つだけに絞り込むことは不可能ですが、その大半を担っているのが筋持久力であることは厳然たる事実です。
ここの部分を多くの人が見落としています。長距離走、マラソンにおける競技力の最大の決定因子は代謝系です。そして、代謝系を鍛えようと思ったら、適切な負荷の練習量を増やさなければいけません。
しかし、先に筋肉の方がへたってしまえば、代謝系に負荷を多くかけることが出来ません。
ちなみにですが、800mからフルマラソンまで何人もの五輪メダリストを育て上げたニュージーランドの名指導者アーサー・リディアードがこんなことを著書に書いていました。
「有酸素ランニング(私の言葉で言えば、低強度から中強度走、あるいは中強度走)はアスファルトでやるように。芝生でやると、先に筋肉の方がへたってしまって、心肺機能に充分な負荷がかからない」
一番重要なことは筋持久力を高めることですが、確かにそれは事実であり、芝生とアスファルトを比べるとアスファルトの方がグリップが良く、疲れにくいのは事実です。
また、これも再三再四述べていることですが、厚底シューズはその反発と推進力のみが取りざたされていますが、私的にはそのクッション性と機能の両立に大きな利点があると感じています。
昔は走りにくいがクッション性のある分厚めの靴か、それとも走りやすいけれど疲れやすい薄い靴かで悩んだものです。
特に、5㎞18分ペースの30㎞走をする時なんかは、皆で「貴様はどうする?」「俺は薄いシューズにしようかな」と話し合ったものです。
30㎞は長いけど、5㎞18分ペースはまあまあペースが速いから足裏は痛いがやっぱり薄いシューズが良いんじゃなかろうか、いやでもやっぱり30㎞走だから分厚めの靴で走ろうかなどと話し合ったものです。
しかし、今は分厚くて速くも走れる最強のシューズが誕生しました。
ただ、ここで理解すべきは路面にせよ、靴にせよ、ほんのわずかな要素でしかないということです。全体の要素で言えば、それこそ5%以下、靴と路面の両方を足し合わせても5%に満たない2,3%程度の話でしょう。残りの95%以上、きわめて100%に近い部分は筋持久力の向上が大切なのです。
繰り返し述べていることですが、どんな練習をすれば速くなるかを考える前に、良い練習を継続するための条件を整えること、即ち基礎体力作りが大切なのです。
また、これは走ることを楽しむための第一条件でもあります。当たり前の話です。ゆっくり走れば10㎞走ろうが、15㎞走ろうが、20㎞走ろうが気持ち良いという状態にならないと、3㎞走っただけで脚が痛むようでは、なかなか走ることの気持ち良さが分かりません。
野球だってキャッチボールが出来て、打者が投手の投ぐる球にバットが当たるから楽しい、サッカーもバスケットもドリブルが出来てパスが通るから、試合が成立する、テニスもバドミントンも卓球もある程度はラリーが続くから楽しいのであって、打ったサーブが一回も返ってこないようであれば、たとえ試合に勝っても楽しくありません。
スポーツには楽しむための最低条件というものがある訳ですが、長距離走、マラソンの場合、この最低条件は筋持久力を養い、呼吸に余裕がありさえすれば(代謝系に余裕がありさえすれば)走りつづけられるということにある訳です。
では、ここで問題となるのは筋持久力とは何によって決定せらるるのかということであります。
実は筋持久力と言うけれど、筋持久力も代謝によって決定せらるるのです。その原理を簡単に説明させて頂きます。
先ず第一にですが、筋持久力とは筋肉を緩ませ続ける能力のことです。人間が体を動かすとき、あるいは筋肉が力を発揮する時、必ず筋肉は縮みます。力を入れると筋肉は固くなりますが、この時筋肉は縮んでおるのです。
そして、筋肉がぎゅっと縮むのは力を抜いたときに充分に筋肉が伸びるから、つまり緩むからです。筋肉が緩むからこそ力を入れた時に充分に縮むのです。固い筋肉が動きにくいのはつまりは、筋肉が緩んでおらないから縮みにくい、即ち力を発揮しにくいということなのです。
では、筋肉を緩ませるにはどうすれば良いのか?
大きな要因はカルシウムイオンが筋繊維から筋小胞体に円滑に戻るか否かです。まずは順を追って話をさせて下さい。
まず、人間が力を発揮する時というのは筋肉が縮んでいるということを申し上げましたが、筋肉が縮む時には当然筋繊維一本一本も縮んでおります。
そして、筋繊維一本一本が縮むとき、アクチンとミオシンという部分が滑りこむような運動を起こします。実際に、これを滑り込み運動というのですが、これを図を用いずに説明しますと、障子の開閉を思いえがいてください。
例え、二枚の障子戸があったとしても、それを滑らせて(といっても、ただ単にしまっている障子戸を開けるだけです)移動させてしまえば、二枚分の長さの障子戸が一枚分の長さになります。これが筋収縮の状態です。
そして、再び障子戸を滑らせて閉めますと、1枚分の長さであった障子戸が2枚分の長さになります。これが筋繊維が長くなり、筋肉が緩んだ状態です。この障子戸のことを学術的にはアクチンとミオシンと呼ぶのです。しかし、名前はなんでもよろしいです。アクチンとミオシンと呼ぼうが筋細胞内の障子戸と呼ぼうがそれはあなたの勝手です。
ただし、学会や他人と話すときにはアクチンとミオシンと呼ばねば話が通じません。
しかし、ご自身で理解される分には筋繊維とはそもそも何枚もの障子戸が重なり合うようにして構成されていると考えてください。しかし、よく考えて頂きたいのですが、障子戸を動かすには人間の手が必要になります。
人間の手によって力を加えるからこそ障子戸は動くのです。アクチンとミオシンの場合は、人間の手によって力を加える訳には行きません。そこで、筋収縮の際にはアクチンとミオシンの間にかけ橋が形成され、この架け橋が形成された状態において筋張力と呼ばれる力が発生します。
障子戸で説明しますと、二枚の障子戸が糸か何かでくっつけられたところを想像してください。そして、この糸が右の障子戸を左に、左の障子戸を右に引っ張る訳です。そうすると、障子戸は締まる、すなわち長さが短くなる、すなわち筋肉は収縮するのです。
逆に、右の障子戸が右に、左の障子戸が左に動けば筋繊維の長さは長くなります。
あるいは、プランクでひたすら耐えている時、あるいは重いもの抱え、落ちないように持ち続けている時には筋繊維の長さは変わりませんが、重力がかかっている訳ですから、それに対して抗う形で筋張力が発生しております。
そして、この障子戸と障子戸を結び付けている(アクチンとミオシンを結び付けている)糸の部分のことをクロスブリッジリンケージと呼ぶのですが、何のことはありません。クロスブリッジとは架け橋のことであり、リンケージとは結合のことですから、架け橋結合と日本語にすれば何も難しくありません。
しかし、学術的にはクロスブリッジリンケージと言いますから、クロスブリッジリンケージと書かせて頂きますが、このクロスブリッジリンケージを形成するにはカルシウムイオンが必要なのです。このカルシウムイオンが筋小胞体からやってくるのです。
で、筋小胞体から筋繊維へとカルシウムイオンが移動する際はそれほど難しくはありません。
何故ならば、筋小胞体とアクチンとミオシンのカルシウムイオンを比較すると、筋小胞体内のカルシウムイオン濃度が1万倍くらい高いからです。
つまり、浸透圧の原理に従って、浸透圧でアクチンとミオシンの方へと容易に移動するのです。
我々が体感で感じられる範囲内で言えば、風と同じ原理だと思ってください。風は空気圧の高いところから空気圧の低いところへと空気が移動することであり、その心は調和の創造です。
片方の空気圧が高く、片方の空気圧が低いと自然と空気圧が等しくなるように、空気圧の高い方の空気が空気圧の低いところに移動します。これが風です。風は自然に起こるものであり、この時、なんらの力を必要としません。
しかし、空気を風に逆らって移動させるには非常に強い力が必要となります。そよ風程度の風であったとしても、この地球上の空気の移動の仕方を変えるとなると莫大な力が必要になります。
また、我々が如何なる運動をする際にも、脳、あるいは脊髄から電気信号が送られる訳ですが、この電気信号が筋小胞体へと伝達されるや否や電磁気の力を用いて、筋小胞体を放出させます。
簡単に説明しますと、そもそもイオンとは何かが分からなければならないのですが、イオンとは大型スーパーのことでもありますが、同時に調和の取れていない原子のことでもあります。
原子核の中には正の電荷を持つ陽子があり、周囲には負の電荷をもつ電子があり、この正負の総量が釣り合う時に調和状態となるのですが、イオンとはこの正負が揃っていない状態のことです。
この筋小胞体の中にあるカルシウムイオンは陽子を二つ余分に持っておる、すなわち正の電荷を持つ訳であります。このプラスの電荷を持つカルシウムイオンに正の電荷を持つ電気信号が流れると、正と正ですから、反発しあうのです。
ちょうど、磁石のN極とN極、あるいはS極とS極を近づけると反発しあうのと同じ原理であります。
これと同じことが筋繊維の中でも起きており、筋小胞体からアクチンとミオシンにカルシウムイオンを移動させることは容易であるのですが、そのあとカルシウムイオンを筋小胞体へと戻して筋肉を緩ませるのは大変なのです。この時の力はまさか関西電力さんや東京電力さんにお願いする訳には行きませんから、ミトコンドリアの中で生み出されることになります。
つまり、ミトコンドリアの中でどれだけ力を生み出せるかで筋持久力はほぼ決まるのです。
ということはどういうことかと言いますと、代謝系と筋持久力は非常に分かちがたいのです。
ここまでが基本の考え方であり、なおかつここで思い出してほしいのが特異性の原理です。人間の体は刺激に対して特異的に適応します。
つまり、このアクチンとミオシンから筋小胞体へのカルシウムイオンの移動をやればやるほど、カルシウムイオンの移動が円滑になっていくのです。
ということはどういうことかと言いますと、筋肉が緩みやすくなる、ということは一回に長く走りつづけることも出来るし、一回のトレーニングからの回復も速くなるし、練習量を増やすことも出来るし、練習量を増やすことが出来るから代謝系も向上し、つまりは競技力も向上するのです。
また、特異性の原理を考慮に入れると、ハーフマラソンやフルマラソンのような練習においては一回にある程度長く速く走ることも必要になるのです。これがトラックランナーとの違いです。
トラックランナーはレースで走る最長距離が10000mしかありませんから、一回に長く速く走る練習はそれほど重要ではなく、中強度中量を段階的に増やしていけば、充分な筋持久力が得られます。
一方で、フルマラソンを専門でやる人は中量が一日40㎞まで増えない限りは、つまりは月間1200㎞まで増えない限りは、中量の練習だけでは必要な筋持久力をまかなえないので、一回にある程度長く速く走る必要がある訳です。
そうすると、結局具体的な練習はどうなるのか?
基礎構築期において中強度中量を段階的に増やし、特別期以降はハーフマラソンの場合はレースペースの80-90%で20‐30㎞走、フルマラソンの場合はレースペースの80-90%で30‐45㎞の距離走を入れるのが基本の形になっていくのです。
具体的な練習のやり方はいつも解説させて頂いている内容となんら変わらないのですが、その裏付けとなる理論に関しては、筋持久力というたった一つの要素を見てもこれだけの深い裏付けがあるという訳なのです。
まあしかし、いくら研究しても分からないし、おそらくこれからも分からないのは、自分が体を動かそうと思った時に、必要な筋繊維のみが収縮し、都合良くアデノシン三リン酸が生み出され、筋小胞体からカルシウムイオンが放出され、クロスブリッジリンケージが形成され、アクチンとミオシンの間に滑り込み運動が生じ、必要が無くなれば、カルシウムイオンはアクチンとミオシンから解離し、再び筋小胞体へと戻るという一連の精巧な作業がどのようにして起こるのかということです。
いくら調べても分からないけれども、一つだけ確実に分かっておるのはその全ての出発点は人間の欲求であるということです。
人間は用もないのに、筋肉を収縮させたりしません。喉が渇いたからコップに手を伸ばす、お腹が空いたから茶碗に手を伸ばす、好きだからラインを変えそうとスマホを操作する、お金を稼ぎたいから会社へと歩を進め、キーボードを叩くなり、道路工事に従事する、マラソンが速くなりたいから走る、全ては人間の欲求が動かしているのです。
これは生理学的にもそうであると言えるし、経済学的にもつまるところ富財とは何かと言えば、人間の欲望や欲求を満たすものです。人間がなんら欲望や欲求を感じないものが貨幣価値を持つことは今までもなかったし、これからもありません。
人もモノも金も全て人間の欲望が動かし、それをもっとミクロな視点で人体の中を見つめても、やはり人間の欲望というものが電気信号を発射させ、それに基づき、後は全て勝手にまるでよく訓練された数万の軍勢のように統制の取れた動きが体内で起こるのです(実際の数は数万どころか、兆であり、京であり、垓(がい)であり、秭(じょ)である)。
こういうことを考えると、昔の人が万物の根源は氣であると言ったのは非常に偉いなと思います。生理学的なものであれ、経済活動であれ、万物を動かしているのはこの氣という五感では感ずることのできない情報的な力なのです。
これが分かると、先日のメルマガでお届けさせて頂いた「長距離走、マラソンが速くなるヴィタミンN」の話がより深く理解できると思います。あれは何を言っているかと言いますと、自分が持つ氣は有限であるから、その有限であるところの氣を何に対してどれだけ使うかは戦略的に決めよということなのです。
もう少し言い方を変えれば、大きな欲望の為に小さな欲望は捨てよ、その方が大きな欲望や欲求、願望が満たされやすい、逆に小さな欲望や欲求を100個も1000個ももったところで、何一つ満たされないという話でもあります。
この満たされない小さな欲望のことが煩悩だと思えば分かりやすいでしょう。昔の人は煩悩が108つしかなかったそうですが、今はインターネットで世界中の色々なものに間接的に触れることが出来ますから、煩悩の数は108個じゃとても足らず、1000個はあると思いますがいかがでしょうか?
子供にスマホを持たせることの最大のリスクは、子供の欲望というものが分散し、1000個の満たされない欲望を持つことにあります。それならば、氣をギュッと5つ前後の大きな欲望に集中させた方が欲望や欲求が満たされやすい、つまりは幸せな人生になりやすいということです。
また、自己満足に集中させた方が欲望や欲求は満たされやすいというのも一つの特徴です。
例えば、他人から認められないとやる気が出ないという話になると、常に練習会や試合の記録やインスタ映えする練習、そして実際にそれを投稿した時に得られるいいねの数やコメントに左右されることになります。
それよりも、自分が正しいと信じたことをやり切ることの満足感に集中した方が自らの欲望は満たされやすく、また本当にそれが正しいのであれば結果が出る確率も上がり、結果的に他人の承認も得られるので(とはいえ、そんなものは求めていないが)、多くの欲望が満たされることになるのです。
これが生理学やトレーニングについて学ぶことの意義でもあるのです。つまり、何が正しく、何が正しくないかを知っている人間は強いのです。
天の理を知らないものは常に他人の言動に左右されるが、天の理を知る者は他人の承認や評価を必要としない、だからこそ強いのです。
このあたりの理屈がご理解頂ければ、「長距離走、マラソンが速くなるヴィタミンN」の話がより深く理解できるようになりましょうから、もし良ければ、こちらをクリックして改めて読んでみてください。




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