50歳から走り始めて56歳でサブ3を達成した辻政信の物語
*本作品はフィクションです
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、2、2、3、4、5、6、7、8、9、10、3、2、3、4、5、6、7、8、9、10」
「ちっうるさいなぁ」
1988年9月、東寺境内。グランドでは夏のインターハイで日本一を成し遂げた陸上競技部員たちが冬の全国高校駅伝でも日本一を目指して、大きな掛け声をかけながら練習をしていた。
その声が校舎迄響いており、まだ授業をしている進学クラスの生徒たちの教室まで届いていた。
「ったくあいつらは気楽で良いよな。こっちは受験戦争の真っただ中だっていうのに」
半年後に受験を控えていた辻政信は一日十二時間から十四時間勉強をする高野山合宿を終え、再び二学期の学校生活に臨んでいた。
辻の父親は京都にある超巨大企業株式会社京都半導体の役員を務めていた。1934年生まれ、「欲しがりません勝つまでは」「打ちてしやまん」「尽忠報国」「鬼畜米英」と11歳まで言われて育ったのに、その翌年から急にマッカーサーが神のようにあがめられ、民主主義と国民主権の国に変わるという急激な転換期に少年時代を過ごし、その後働けば働くほど給料が上がり、生活が豊かになるということを誰よりも実感していた。
そして、その日本人の生活の向上というものを半導体部品の販売と巨大な雇用の創出という形で支えていたのがまさに辻の父親が勤めている株式会社京都半導体である。辻の父親は戦後日本の経済復興の象徴とも言える人生を歩んでおり、辻自身も「勉強して良い大学に入って、一流企業に入れば父さんのような成功者になれるぞ。会社に入ってからも競争の連続だ。そこで勝ち抜くには勉強、勉強また勉強だ」と言われて育った。
そして、「勉強が出来ないやつは競争に負けて、平凡な会社員になって仕事帰りに飲み屋でくだをまくことになるんだ。ああいう負け組になったらいかんぞ」とも言われ続けて育った。
辻はグランドで汗を流している陸上競技部員を見ながら、「何が日本一だ。お前らみたいな勉強の出来ないやつが将来はしがない肉体労働者になるんだ」、そう思いながら、自分が受験競争に果たして勝ち抜けるだろうかという不安に押しつぶされそうになっていた。
この不安は教壇に立つ教員たちも同様であった。辻のいる洛南高校は関西三大不良学校と言われたところから進学校としての大転換を図り、「京大合格者日本一」の地位を維持し続けようと躍起になっていた。東大合格の力がある生徒にも京大受験を薦めるなど、現場の教員及び生徒の両方が受験という競争に躍起になり、その逼迫感というものが教室中を支配していた。
辻の目に映る陸上競技部員たちは、今だけの楽しみに一所懸命になっている呑気な奴らだったのである。
2020年
「田中君、この部品だけど、今まで12000個発注してたのを15000個発注に変えてくれないかな。そうしたら、原価が4000円から3500円になるって先方と話がついているんだ」
「えっ?そんなことして大丈夫ですか?在庫が大量に残りますよ?」
辻はじろりとにらんだ。
「いくつくらい在庫が残ると踏んでいる?」
「やってみないと分かりませんが、あと売れてもせいぜい2000個、希望的観測込みであと2000個、実際には1500個程度でしょうから、1000個から1500個ほど在庫が残ることになりますよ?」
田中の頭の中には会社の倉庫に大量に積み上げられた電子部品の映像が浮かんでいた。
「今君1500個は在庫が残ると言ったよね?」
「はぁ」
「ということはおよそ13500個は売れるということだ。そして、この13500個は1個につき500円原価が安くなる。つまり、粗利は1個あたり500円増えることになる。ということは合計で675万円粗利が増えることになる。一方で、1500個の在庫が残ったとしても、525万円の損失にしかならない。ということは合計で粗利は増えることになる。違うかね?」
「はあ、それはおっしゃる通りですが、在庫を大量に抱えるのはリスクではないかと」
はぁ~、こいつはなんでこんなに馬鹿なんだ。事業で大切なことは会社に利益を残すことだというのが分からないのか。
「とにかく、これは議論して決めることではない。業務命令なんだ。79式電子回路を15000個発注してくれ」
「分かりました!」
(ったくこれだから低学歴と仕事してると時間が取られる)
部屋を出ていく田中の背中を見ながら、辻は心の中で毒づいていた。
辻は父親の敷いたレールを忠実に守り、京大合格から株式会社京都半導体に入社、稲盛式アメーバ経営を速やかに理解し、他の従業員が盲点になっているような箇所に着手するとともに、生産性の低い社員をそれとなく説得して退職願を出させるように誘導することで経費の削減を実現させるとともに社員一人当たりの利益及び、部署の利益を向上させることに成功してきた。
このままいけば、あと数年で役員になる路線を着々と歩んでいた。
「おかえりなさい。あなたにはがきが届いていましたよ」
家に帰ると、妻から一枚のはがきを渡された。もう連れ添って10年になる二人には8歳と6歳の息子がいた。
「このご時世にはがきとは珍しい」、そう思いながら手に取ってみると洛南高校の同窓会やまぶき会への招待状であった。思い返せば、仕事仕事で同窓会にも参加していなかった。
しかし、嘗ての受験戦争を戦い抜いた同窓生たちが旧七帝大に進学し、その後官僚になったり、続々と大企業の役員になり出していた。何か良いつながりがあるかもしれないと思い、参加してみることにしてみた。
同窓会当日
「おい、辻じゃないのか?」
「おう、本間じゃないか、久しぶりだな」
「お前ラオスに亡命したって聞いたけど、帰国してたのか」
「それ俺じゃねえよ」
そんな冗談を交わしながら、おもむろに本間に聞いた。優等生だった本間のことだから、今頃どこぞの一流企業で出世しているだろう。
「お前、今何してるん?」
「俺か、俺はマラソンやってるよ。貴様は?」
「そうじゃねえよ。仕事だよ。仕事」
「仕事か。伊藤忠商事で働いているよ。でも、仕事はもう良いよ。もうずいぶん給料も増えたし、若い頃に先輩から「借金してでも遊べ」って言われてたから、精一杯働いて精一杯遊んで、徹夜とか家に帰らないことも何日もあって、もう今は仕事も夜の街もほどほどで良いやって感じでマラソンにはまってるんだよ」
「何言うてんねん。俺たちこれから役員になって年収3000万円、4000万円、5000万円ってあがっていく年齢やん。何をしなびた老人みたいなこと言うてんねん」
「半分冗談で、半分本気だよ。定年退職までにうんと稼いでやろうとは思ってるんだけどさ、もう若い頃みたいに無茶な働き方も遊び方も飲み方も接待も出来なくなったからさ。今は酒も週に1,2回飲む程度で、コロナで接待もなくなったし、この機会に体力作りに励むことにしたのさ」
本間は高校時代と同じように、この世界の全てを見通しているような冷徹な目でそう語った。
「体力作りってお前、50歳過ぎてからマラソンなんか始めたら体壊すぞ。やめとけよ」
「いや、俺ももう歳やからってあきらめてたんやけどさ、ある人から50歳を過ぎてからまた体力が向上する、疲労回復力が高まるって教わってさ」
辻の頭には最近ユーチューブで観た謎の資産数億円港区社長の「美容の秘訣はお金」という言葉を思い出していた。プラセンタ治療が若返るなどという話も聞いたことがあるし、もしかしてお金をかければ若返るのかもしれない。仕事、仕事で遊び歩くどころか、家族旅行にもあまり行かない辻は金だけは持っていた。
「それ、俺にも教えてくれよ」
「別に良いけどさ、お前絶対胡散臭いって言うよ。それでも良いのか?」
「今更何を言うてんねん。お前なんか高校生の時から胡散臭かったやんけ。良いから言えよ」
「仕方がないな。まあいっか。ネットに公開されてる情報やしな。お前池上秀志って知ってるか?」
「いや、知らん。最近俺テレビ観てないからな」
「いやいや、そんな有名人じゃないよ。有名人じゃないけど、俺らの後輩さ」
「後輩ってことは京大か?」
「ううん、洛南高校」
「へぇ~、ってことは東大かどっかか?」
「いやいや、京都教育大学じゃなかったかな?」
「へぇ~、わざわざ洛南高校まで来て京都教育大学かよ。よっぽど勉強できひんかったんやな」
「なんでも普通科やったらしいで。陸上部にいたけど、獲ってくれる大学も実業団もなくて、受験で京都教育大学に入ったとか」
「マジかよ。陸上も中途半端、勉強も中途半端、落ちこぼれやん」
「まあまあ、そう言ってやるなよ。俺たちの後輩じゃないか。それに自分で会社起ち上げて頑張ってるらしいよ」
「あ~、なんかそういうやついるよね。何物にもなれないやつが、夢だけ見て人生一発逆転を狙うようなやつ。だいたい3年以内に倒産してるけどな。で、何?お前売れない社長気取りに泣きつかれたんか?」
「いや、別にそういう訳でもないさ。単純に彼の書いてる文章を見て、理論的には正しいと思ったから自分でやってみたんだ。せっかくだからライン交換しようよ。後でお前のラインに彼の書いた「医者も教えてくれない50歳を過ぎてから体の回復が速くなる二つの方法」っていう無料記事の送信元識別符号を送ってやるよ」
「送信元識別符号って著作権法かよ」
二人は笑いあったが、辻が不意に眉をひそめる。
「おいっ、あいつも来てんのかよ」
「えっ、ああ山下奉文か。あいつも総合商社に就職したよ」
「あいつも立派にエリート組って訳か」
「なんでも、マレーシアとシンガポールを担当に貿易してるらしいけど、とにかく背広組のエリートが行かないような工場を、夜を日に継いで終日(ひねもす)歩き回って営業開拓したらしい」
「いけ好かない野郎やけど、なかなかやるな」
「辻と山下は仲悪かったもんな。しかし、現地で同じく貿易をしていた欧米人達は土日休んでいる間に契約を取っていく山下を恨んでいたらしい。ある日、欧米人達と山下の間で、土曜日は認めるから日曜日は休めと山下と交渉があったらしい。日曜日は神が作った安息の日であるから、必ず休めと」
「なんだその自分勝手な言い分は。自分が休みたきゃ休めば良いし、働きたきゃ働けば良いだけなのに。それでどうなったん?」
「山下がお前の神とは誰のことか?と問い詰めて向こうがキリストの神だと言ったら、それはお前たちの神で俺の神ではない。俺には関係のない話だって突っぱねたらしいよ」
「マジかよ。宗教戦争やん」
「そうそう、それで一人のドイツ人がキレて殴りかかってきたのを山下が背負い投げしたらしい」
「あいつ柔道の成績良かったもんな。それで?」
「ドイツ人も投げ飛ばされた後に山下の顔面に右ストレートをぶち込んだところで他の欧米人達も止めに入って、それ以来山下は完全に嫌われたけど、あの日本人なかなかやるなってことで「マレーの虎」って呼ばれてるらしいで。山下自身はそれでもIch bin kein Tiger(俺は虎じゃない)」って言い返してるらしいけどな。
「まっいけ好かないやつやけど、なかなかやるのは事実やな」
「お前さ~、もう卒業して30年以上も経ってるだろ?もうそろそろ良いやろ?」
「いや、俺はあいつに学校で煙草吸ってたのを先生にチクられたのは一生忘れん。あいつの所為で、顔が腫れあがるほど殴られた」
「それ、煙草吸ってたお前が悪いんだろ」
「まあ、大人になって思えばそれもそうやな」
二人は顔を見合わせて笑った。二人はその後も和やかに歓談しながら、残りの時間を楽しんだ。洛南高校は10年ほど前に共学になっており、若い卒業生の中には女子もいて、東大を卒業し、若くして政治家を志すような子達もいた。そう言えば、オウム真理教の幹部にも洛南高校の卒業生がいた。悪の道を含めて、色々な進路で活躍する人たちがいるということか。
帰りのタクシーで辻はふと、高校時代に教室の窓から流れ込んできたあの陸上競技部員たちが流す騒音被害を思い出していた。自分は父親の言われるがままに、敷かれたレールを歩んできた。我慢に我慢を重ねて勝ち組の人生を歩んできた。幸せである。
しかし、あの時グランドにいた陸上競技部員達もインターハイ総合優勝に加え、全国高校駅伝では6区まで先頭を走り、最後は大牟田高校に逆転を許すも準優勝を果たした。エースの秋山武はのちにある会社の社長になり、4区で区間賞を獲得した高岡寿成はのちに日本記録を樹立し、五輪でも7位入賞を果たして一流企業花王で監督を務めるとともに日本陸連の幹部を務めている。
あの時、束の間の青春を謳歌しているだけのやつらが社会に出て活躍していることは辻の心をざわつかせた。
そして、何よりも勉強で陸上でも中途半端でしかなかった池上というまだ30前半の男が今や社長になって、我が株式会社京都半導体役員と遜色ない金額を稼いでいるという。
辻の心がざわついている時に、本間からラインが送られてきた。辻はざわつく心を落ち着かせながら記事を開いた。読んでみると、正直思っていたよりもきちんとした文章を書いていた。
どうせしようもない内容だろうと思っていたが、かなりしっかりとした文章を書いていた。文章力だけで言えば、京大生にも劣ることはないであろう。それに、理系の知識も多少あるようである。あらさがしをすればするほど、全体の整合性が際立つ。
「エネルギー保存法則にしたがうと、この世の全体のエネルギー量は必ず一定であり、化学反応式は必ず右辺と左辺が等しく、ということは左辺から右辺が生み出せるのであれば、右辺から左辺を生み出すことも可能である。ということは、植物が太陽光エネルギーと二酸化炭素と水を使って、グリコーゲンと酸素と水を生み出せるのであれば、酸素と水とグリコーゲンを使って、生物学的力と二酸化炭素と水を生み出すことも可能である。つまり、ミトコンドリアで生み出される力によって回復が促進されるのも当然という訳か。
無論、グリコーゲンと酸素と水、あるいは脂肪と酸素と水を用いてミトコンドリアで生み出されたエネルギーが体の回復に使われればという仮定は必要ではあるが、それ以外に体内でエネルギーを効率良く生み出す方法がないのであれば、回復力を生み出す方法はそれ以外に方法はない」
辻はいつしか納得していた。
辻は早速二つの方法を実践することにした。自身の会社員生活は残り10年ほどしかない。この10年ちょっとの間に父親の言われるがままに歩んできたレースの総決算をしなければならない。今更引き返すことなどできない。一流企業の会社員として、いけるところまでいくしかない。その為には体力勝負だ。まだまだ若い者たちに負ける訳にはいかない。
辻は自分への投資と決意し、三型池上機とランニングシューズをネットで注文した。小さい頃に観ていたアニメ「決断」のオープニングを口ずさみながら。
「ここが覚悟の決め所 勝つも負けるも決断一つ 一度決めたら二の足踏むな」
一年後
「今日も池上君からメールが届いているかな」
初めはあれだけ否定していた辻であったが、いつしか池上のファンになっていた。初めは体力作りの為に走り始め、無料のユーチューブとブログで情報を集めるだけ集めて、とりあえず、先ずは毎日練習着に着替えてランニングシューズを履いて、1-2㎞走って走習慣を作るということを3か月続け、すっかり習慣になったところで、一日おきに長い距離と短い距離を交互に繰り返すようにして、一日平均10㎞走れるようになったところで、毎日6㎞の中強度走と12㎞の低強度走を繰り返すようになった。
朝4時半に起きる生活にもすっかりと慣れ、朝4時半に起きるから夜は早く寝る、お酒も控える、良い生活習慣が出来、おまけに三型池上機の効果もあって、肌つやは良く、睡眠の質は高まり、食事は以前よりも美味しく感じられ、妻からも若返ったと言われ、以前よりも疲れにくく、高い集中状態が長く続きし、子供は辻と一緒に起きて朝に勉強をするようになり、良いこと尽くしであった。
辻自身も子供にはよく勉強し、せめて旧七帝大のどこかに入って、一流企業に就職してほしいと願っていた。子供は最近できた洛南高校付属の洛南小学校に入れた。
そんな辻にも最近悩みが出来ていた。それは中強度走の質がとうとう1㎞5分ペースを切るようになってきたことである。
それの何が悩みなのか。
どうやら、市民ランナー界ではサブ3ランナーというのが大きな称号になるらしい。そして、どうも中強度走で1㎞5分ペースを切るとサブ3が狙えるらしいのである。辻は中強度走は6㎞しかしていなかったが4分45秒まで速くなっていた。問題なく、10㎞をそのペースでこなせそうである。
しかし、辻の中ではどうしても高校時代のあの風景が離れない。自分は青春を犠牲にして、勉強に打ち込み、熾烈な受験戦争を勝ち抜き、出世競争に勝ち抜き、株式会社京都半導体という世界に冠たる一流企業で順調に出世してきたのだ。今更、何がサブ3だ?
心の中ではそう思っていた。いや、厳密に言えば、頭ではそう思っていた。頭では何度も何度もそう結論付けていた。ところが、辻の心がそれを許さないのである。どうしてもサブ3がしたい、サブ3がしたいと子供のように駄々をこねるのだ。
思い返すと、生まれてこの方、何かをこれほどまでにやりたいと思ったことは初めてかもしれない。確かに、父親の敷いたレールをずっと歩んできた。苦しくはあった。我慢もした。しかし、何かやりたいことを我慢したことはない。父親の言うことを正しいと信じ、また自分自身もそれで幸せな生活を手に入れていた。家族もお金も社会的地位も。
そのことに後悔は1ミリもない。
しかし、それとはまた別の問題が突如として辻の前に立ちはだかってきたのである。頭と心の葛藤、相克、それに辻は連日のように頭を悩ませ続けた。
そんな時、ウェルビーイングオンラインスクールの人間編がばら売りされることになった。なんとなく、そこに答えがあるような気がした。価格はいくらか?
税込みでたった22000円である。辻は思考実験をした。
「今私の銀行口座から詐欺師が22000円抜き取って、通帳もオンラインの銀行残高も全て書き換えたとする。果たして私は気づくであろうか」
「0が1個減れば重大問題であるが、22000円無くなったところで気づきもしない。つまり、この22000円は元から無いのと同じである」
無茶な論法であることは辻もよく分かっていた。しかし、彼はそう結論付けて購入手続きへと進んだ。
相変わらずきったない字で白板に書かれた講義であった。辻は「性格が字の汚さに出とるな」そう、毒づきながらも気づけば講義内容にのめり込んでいた。
そこで辻は滂沱(ぼうだ)と涙した。
「人間は生まれながらにして、好奇心、探求心、向上心を持ち合わせているのだ」
辻は自分の心の中に芽生えていたサブ3したいという謎の欲求の正体が初めて分かった。これは人間が生得的に(生まれながらに)持っている自然な欲求であり、欲望であったのだ。初めて自分という人間が理解出来たような気がした。
そして、講義内で解説されている小我、大我、真我という概念が洛南高校の校訓である「自己を尊重せよ、社会に献身せよ 真理を探究せよ」と対応していることにも気づいた。
果たしてこれは偶然か?
なんとなく辻には偶然には思えなかったのである。それは池上が洛南高校の校訓を真似したということではなく、結局のところ、この世の真理というものは一つに収斂されるような気がした。
その時辻は、なんとなく普通科卒の京都教育大学卒だからといって馬鹿にしてはいけないことを直観したのである。
また、ウェルビーイングオンラインスクールの人間編では何故マラソンを頑張ることが仕事に繋がるのかもよく解説されていた。辻は迷わずウェルビーイングオンラインスクールに申し込んだ。
早速講義を受講してみた。辻はその構造を瞬時に理解した。まずは、大前提となる法則や原則、原理について理解し、その次に大雑把な戦略、その次に細かな具体例について頭に叩き込み、あとは個人に応用すれば結果は出るように講義は構成されていた。
第二章の純粋トレーニング理論と第三章の池上式線形アルゴリズムを理解して、応用できれば、極論、どんなやり方をしても上手くは行く、ただ、経験のない辻にはそれだけでは自分に合った練習計画までは立てられないので、より具体的な具体論のところまで踏み入って勉強を続けた。
偶然にも中強度中量の部分は随分すでにクリアできていたので、あとは週に1回1分速く1分ゆっくりというファルトレクを導入するとともに、今までは最長で12㎞を低強度でしか走ったことが無かったのを、週に1回、週末に長い距離を走るようになっていった。
初めは15㎞、次に18㎞、次に20㎞、次に22㎞、次に25㎞と低強度走で距離を伸ばしていきながら、次に25㎞の低強度から中強度走、次に25㎞の中強度走、次に30㎞の中強度走と徐々にマラソン仕様の練習を導入していった。
そして、人生初のインターバルトレーニングにも挑戦し、初めは1㎞5本、次に1㎞8本、次に1㎞10本と徐々に本数を増やしていった。
「なんだよ、これ。サブ3ランナーって神様かなんかか!?」
ある日のこと、1㎞1本だけサブ3ペースで走ってみることにした。1本走っただけで倒れそうであり、口の中では血の味がした。
「俺にはサブ3なんか無理なんじゃないか」
と頭では思いつつ、完全に池上に心酔しており、なんの根拠もなくこのままいけばサブ3ランナーになれると辻は信じ込んでいた。かつて、とりあえず、親と先生の言うことを信じて、一日10時間、12時間と勉強を続ければ京大合格が出来ると信じていたように。
ついでに、辻はなんとなく、自分が3年生の時の1988年の全国高校駅伝の洛南高校の駅伝の記録を調べてみた。高校駅伝は42.195㎞を7人で繋ぐ。7人で繋ぐとは言え、同じ距離なのである。
「2時間6分5秒ってことはえ~っと、えっ1㎞2分59秒ペース?マジかよ?これ一人何キロ?1番短い区間でも3㎞あるやん!しかも、1区は10㎞を29分53秒ってことは1㎞2分59秒ペース??あいつらバケモンやん」
ただ、辻の頭の中では逆になんとなく自分にもできるような気がしていた。あの時、目にしていたあいつらと自分との接点がなんとなくサブ3と自分を近づけてくれるような気がしていた。
2026年2月於大阪
その日の気温は20度を超えることが予想されていた。すっかり寒さに強い体になった冬の体にとっては堪える。だが、辻は終始淡々と走りつづけた。無我夢中、無心の境地に入って、淡々と1㎞クリアするごとに「よしっ、また1㎞クリア!」と心の中で呟きながら、1㎞ごとに集中して走りつづけた。
結局のところ、練習も試合もやることは同じである。立てた計画に基づいて淡々とやれるところまでやる、思い通りに行かなければその都度本能の力によって微調整を加えていく、それだけのことである。
勉強ばかりしていたころには持ち合わせなかった身体感覚、本能の力というものを辻は手にしていた。本能の力もウェルビーイングオンラインスクールで学んだことである。まさか齢50歳にして、約20個も年下の人間から次から次へと新しいことを学ぶことになるとは思わなかった。
30㎞を過ぎてコースは右へと進路を変える、大阪マラソン一番の難所の登り坂である。ここも本能の力を使って、同じ出力で淡々と登り続ける、登り終わるとそのあと下り坂で力をためて、いよいよ最後の直線へ。
35㎞を過ぎてからのこの長い直線がやけに長く感じられる。すでに立ち止まりたい欲求がおさえがたく湧き上がるのに加えて、走っても走っても前に進んでいる気がしない。しかし、辻は苦しかった受験勉強、一日十二時間も十四時間も勉強し続けた高野山合宿を思い返していた。
何人かは壊れる生徒もいて、ひたすら電子辞書を叩き続けている生徒もいた。それを思い出しながら、今自分が壊れたようにひたすら右足と左足を交互に前に進ませ続けているのがなんだかおかしかった。
あの高野山合宿と比べたら、マラソンなんかたかが3時間程度だ。35㎞まで来たら、あと30分を切っている。だが、高野山合宿ともまた違う苦しさが辻に襲い掛かっていた。
「歩きたい」
「立ち止まって水をたらふく飲みたい」
そんな欲求が永遠に頭の中を反芻し続ける。辻は池上が教えてくれた止観という技術を思い出した。とにかく、自分の生理的欲求や感情と自分自身を切り離し、自分の生理的欲求や感情をありのままに見つめろと。人間である以上、35㎞を過ぎたら立ち止まりたくなるのも水が飲みたくなるのも普通である、しかし、それと自分を同一視してはいけない。生理的欲求は自分の体の欲求であり、自分の欲求ではない。
辻はひたすら「歩きたい」「立ち止まって水をたらふく飲みたい」という欲求を止観し続けた。止観し続けると、やがて自分の心の中に余裕が芽生えてきたことに気づいた。
「よしよし、分かった、分かった。お前たちの言い分はよく分かった。あとでいくらでも休ませてやるし、水でも飲ませてやるからあと5㎞だけ頑張ってくれ。時間にしてもう25分もないんだ」
これまでは〇㎞地点の表示しかなかったのに、ここからはあと〇㎞の表示が〇㎞地点の表示の195m後ろに出てくる。カウントダウンの始まりだ。
なるべく力まずに、淡々と進むように心がけながら走りつづける。そして、遂に大阪城公園へと入った。最後の直線、辻の視界に入ったゴールタイマーはちょうど2時間58分から59分へと移り変わったところであった。
「俺の視力で見えるってことは残り80mくらいか。余裕をもってサブ3出来るな」
万が一にも脚が攣らないように、辻はラストスパートをかけずにそのままのペースを刻み続けた。
2時間59分22秒
グロスで2時間59分22秒なので、ネットタイムなら2時間59分ちょうどくらいか。そう思いながら歩いていると思いがけず感涙がほほを濡らした。
辻は自分よりも28個年上の父のことを思い出していた。相変わらず、父のことは尊敬していたし、自分に人生の道筋を教えてくれた父には感謝していた。小さい頃は怖く近寄りがたかったが、日本語が間違っていたら直してくれ、礼儀がなっていなければ教えてくれた父、エネルギッシュで間違っていたら怒鳴る訳ではないが、一気に正論でまくしたてる父。怖くて近寄りがたいが困った時に頼れる父。
ほとんど父親と同じ道を歩んだがゆえに、父親を超えられたかどうかはよく分からない。そもそも、日本全体の経済成長や伸び行く業種の違いなどもあるだろうし、株式会社京都半導体自体も1959年ではなく、2020年に誕生していればあそこまで伸びたかどうかすら分からない。
だが、辻は一つだけ確実に胸を張って言えることがあった。
「俺は親父の知らない世界を知っている」
辻は体に約束していた通り、完走者に渡されるスポーツドリンクを腹いっぱい飲みながら「本間よ、ありがとう」とつぶやいた。あの日のやまぶき会の風景が辻の脳裏を埋め尽くす。
「名にし負うやまぶき丘に 花薫る我が学び舎よ 幾年の教えを受けて 清らかに燃ゆる望みを 憧れを培い育て 我らは行かん心して」
辻はボロボロの体を引きずりながら、洛南高校の校歌を久々に口ずさむ。
2020年以降、幾年の教えを池上から受け、心の中に常にサブ3への憧れを培い育て、清らかに燃ゆる望みを心の中に絶やさず、心して前に進み続けた日々を思い返していた。疲労感が心地よかった。限界まで体を酷使することの気持ち良さに浸っていた。




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