池上秀志

2020年7月22日6 分

リザ・ハーナーさんからみたコーチカノーヴァのトレーニング

最終更新: 2021年10月16日

 ロードレースとマラソンの世界で最も成功している一人、イタリア人コーチのレナト・カノーヴァに関する記事は今まで二回執筆してきました。私自身も直接ケニアのイテンという街で、レナト・カノーヴァコーチからお話を伺うことができたのですが、今回はもともとコーチカノーヴァの下でトレーニングしており、現在は私と同じコーチホーゲンの下でトレーニングしているリザ・ハーナーさんから見たコーチカノーヴァについて書いて見たいと思います。

 はじめに簡単にリザ・ハーナーさんについて書いておくとリザさんはドイツ人で年は私よりも4つ上の30歳、リオ・デ・ジャネイロオリンピックドイツマラソン代表の選手で自己ベストは2時間28分39秒、明るくて陽気、料理、チョコレート、ヨガや瞑想をこよなく愛するチャーミングな女性です。スペリングはLisa Hahnerなのですが、ドイツ語ではSは濁って発音することが多いです。補聴器で有名なジーメンスも頭文字はSです。登山家がロープのことをザイルと呼ぶことが多いですが、あれもスペリングはSeil、大学になるとゼミという言葉をよく使うようになりますが、あれもSeminarを略してゼミです。

 閑話休題。本題に戻すと、リザさんがコーチカノーヴァの下を離れてコーチホーゲンの下に来たのはコーチカノーヴァがあちこち飛び回っていて、じっくりと直接練習を見てもらえないことが理由でした。コーチカノーヴァは主にケニア人選手を指導していますが、それ以外にもノルウェーにソンドレ選手、ドイツにアルネ・ガビウス選手、エチオピアでも数名、カタール陸連のコーチ、中国陸連のコーチも務め、世界中を飛び回っています。そうして、あちこち飛び回って練習をしており、リザさんも直接見てもらえるときは良い練習ができるけど、見てもらえない時との練習の落差が大きくなりました。そんなことも理由の一つになり、コーチカノーヴァの下を離れる決意をした後に、様々な理由があってコーチホーゲンの下に移動して来ました。

 そんな縁もあってコーチカノーヴァのトレーニングの印象を聞いてみたのですが、レースが近づいてくると変化走が多いなという印象でした。インターバルではなくて変化走です。インターバルの場合は、つなぎはジョギングでつなぐのが普通なのですが、コーチカノーヴァの場合はつなぎも1kmを3分半くらいでつなぎます。場合によってはそれよりも速いペースでつなぎます。ちなみにこれは男子の話です。そしてその量がとにかく多いです。5x5kmを1kmつなぎでやったりするので、合計で29kmくらいになります。諸事情あって私たちのトレーニングの内容は公開できないのですが、そこまではやりません。そして、そこまでやるべきでもないし、そこまでやるなら本数は少なくて良いのでとにかくペースを上げるべきだという考えです。

 実際に、コーチホーゲンの元教え子でシカゴマラソンで優勝したエヴァンス・ルット選手はほとんどの選手がレースでも走れないようなタイムでこなしていました。とにかく半端ではなかったです。

 それはさておき、レースペースに近い距離走も印象的でした。40km走を3:40/kくらいのペースでやっていました。いうまでもないと思いますが、リザさんは女子です。また変化走ではないのですが、30km走の中に5x2kmを入れたりとそんな練習も印象的でした。これらはあくまでもレース前の一時期なのですが、それにしてもかなりレースに近い負荷をかけていきます。

 そして、本人に聞いてみたところ、コーチホーゲンとコーチカノーヴァの一番の大きな違いは密度とのことでした。コーチカノーヴァの場合は一回のワークアウトでドカンとレースのような負荷をかけるのですが、ハードなトレーニングとハードなトレーニングの間は空きます。そして、その差もクリアです。ハードな日とそれ以外の日は明らかに違います。

 一方で、コーチホーゲンの方はとにかく密度が濃くて、ハードなトレーニングとそうじゃない日の区別もどこに線引きするかは難しいです。一番ハードなトレーニングから一番楽なトレーニングまで連続的に繋がっており、明確にどの日が楽というのはないです。レースに近い負荷をかけることは少ない代わりに、どの日が休養日なのか分かりませんというイメージです。

 断っておきますが、どちらのコーチもロードレースやマラソンの世界では今最も成功している指導者の一人です。それぞれのトレーニングにはそれぞれ一長一短があります。ちなみに私は練習でそこまで走れていなくてもうまく組み合わせることで、レースで結果を出して来たので、コーチホーゲンの方があっているのかなと思います。また誤解のないように言っておくと、どちらが楽かと言われるとこれは微妙なところです。この書き方だとコーチホーゲンは一回一回の練習で追い込まないように聞こえるかもしれませんが、練習の密度が高いのでかなりきついです。ただ一回一回の練習の目的が明確になっているので、レースのような負荷をかけることはありません。様々な要素の組み合わせでトレーニングしていくので、それに対して体が適応すれば、レースではきっちり結果が出せます。

 またコーチカノーヴァの方も前回の記事を読んでいただければ分かると思いますが、レースのようなトレーニングだけをしている訳ではありません。あくまでも、システマチックに何ヶ月も準備をして最後に実戦的な練習をしているということは忘れないようにしてください。

 最後に敢えてこの二人の指導者の違いを述べておくと、コーチホーゲンの方が圧倒的に育成率は高く、コーチカノーヴァの方は中国やカタールなど一流以外の選手を育てることには苦戦している印象ですが、世界でもトップレベルでの選手の育成ではとても成果を挙げています。どちらも指導者として超一流であることは異存のないところです。

 あとは人間的にはコーチカノーヴァの方が話しかけやすく、オープンです。オンラインでも彼の記事やインタビューを多く見つけることができます。一方で、コーチホーゲンの方は近寄りがたく、なおかつ話しかけにくいです。自分の興味のないことはほとんど話さず、相手もせず、なので一般に出回っている記事やインタビューもあまりありません。コーチカノーヴァが彼の選手のトレーニングを一般公開しているのに対し、私たちはトレーニング内容の公開を一切禁じられているのも大きな違いだと思います。

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