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執筆者の写真池上秀志

あなたは持ってますか?長距離走・マラソンに必要な遺伝子

 あなたは長距離走やマラソンに向いているでしょうか?


 ここで問いたいのはあなたの信念ではなく、客観的にあなたは長距離走、マラソンに向いているのか、素質があるのかということです。


 おそらく私があなたに「長距離走・マラソンに向いていると思うか」と聞くと日本人の多くは向いていないと答えると思います。少なくとも「あなたは素質があると思いますか」と聞くと「ないと思う」と答える方が大半だと思います。


 もちろん、「向いていると思う」あるいは「素質があると思う」とお答えになられる方もいらっしゃると思います。


 しかし、一歩踏み込んで何故そう思うのかと問われると急に答えられなくなるのが人間というものです。


 私は自分で自分は長距離走に向いていると思います。ですが、よく考えると根拠は別にありません。そもそも向いてるとか向いていないとかは何をもって言えるのでしょうか?

長距離走・マラソンと遺伝子

 普通人が「あいつは素質がある」という場合には、大した練習もしていないのに人よりも速く走れたり、あるいはみんなと同じような練習をしているのにとんでもなく速い人に対して言うことです。では、一体素質とは何でしょうか?


 素質が何なのかということはよく考えると曖昧なものです。その素質というものが学習能力なのか、酸素運搬能力なのか、運動神経なのか、偶然ランニングという動きを人よりも正確かつスムーズに行うことが出来るのか、中身を見てみると曖昧です。


 しかしながら、科学の世界では素質とはたった3文字から表されます。


 遺伝子


 遺伝子の存在を否定する人はおそらく誰もいないでしょう。日本人の祖父母を持つ私の家系に金髪や碧眼、黒色や白色の肌を持つ人は誰一人としていません。そして、体型は私のようなずんぐりむっくり型か細長くて全身のパーツ一つ一つも細目の体型かのどちらかに分類されます。


 私は人生の半分以上長距離走をやってきました。ですから、体は細身で華奢な分類に入るでしょう。短髪に日に黒く焼けて、スポーツウェアに、16年間乗っている愛車のママチャリにスポーツバッグを背負って町中を歩けばどこにいっても「学生さんですか?」と言われるほど小さい体をしています。


 ですが、どれだけトレーニングをして、体脂肪率を落としても絶対に残るのが遺伝的形質です。私は父方の祖父に体型が非常によく似ており、胸板が厚く、各パーツもやや太めの体型です。長距離ランナーの中では太い方の部類に入ります。


 このように遺伝子によってその人の外見が変わることは誰も否定しません。では、長距離走・マラソンに向いているか向いていないかの遺伝子ははっきりとしているのでしょうか?

 

 本記事ではそれを明らかにしたいと思います。

何故遺伝子が影響していると考える?

 スポーツの世界で遺伝子が大きなカギを握ると考えるきっかけとなる現象は非常に単純です。それはある人種から明らかに優れた成績を残す選手が多く出ているからです。


 例えば、スプリンターはジャマイカやアメリカの黒人が強いです。彼ら彼女らは西アフリカをルーツに持つ人たちが多いです。そして、長距離走、マラソンが強いのは言わずと知れたケニア、エチオピア勢です。欧米人も含めて世界大会の上位に入るのはほとんどが東アフリカをルーツに持つ者たちです。


 そして、その世界最強の国家ケニアの中で国際的に活躍する選手の4分の3がカレンジンという部族だとしたら?


 カレンジンにはこんな言い伝えがあります。


 彼らはルパン三世よろしく職業泥棒というものが認められる文化を持っていました。同じ部族内でモノを盗むのは泥棒ですが、他の部族から牛を盗んでくるのは泥棒ではなかったそうです。


 道徳心に欠けるやつらだと思われるのも無理はないですが、まあその時代の話です。


 しかし、やられる方も牛を下さいと言われて、はいそうですかという訳にはいきませんから、牛泥棒は命がけです。捕まったら大変なことになります。牛をバレないように追い立ててそして、追手から逃げて走って帰ってこれるだけの脚の速さと度胸が必要になります。牛をたくさん盗んで帰ってきた人たちは勇者とたたえられ、名誉とたくさんの牛を手にすることになります。牛はケニアでは資産であり、資産を持つ者はたくさんの女性と結婚することが出来ます。これは昔の日本も、あるいは現代日本も同じです。


 そして、脚の速いものがたくさんの子孫を残したとのことです。ケニアでは今でも妻は三人まで認められています。そして、脚の速い遺伝子が脈々と受け継がれていって誕生したのが現在のカレンジンだそうです。話としてはもっともらしいです。


 同様に、ジャマイカのあたりのスプリンターもマルーン族の子孫が大半だそうです。マルーン族というのは、西アフリカから連れてこられた奴隷のうち逃げ出して山に逃げ込み、武装してイギリス軍と戦って勝利をおさめた部族のことです。そもそも奴隷として選ばれるのは屈強な男たちであり、奴隷船の中で生きてアメリカまでたどり着けるのがその一部であり、さらにそこから逃亡して、山まで逃げ込み、イギリス人と対等に戦えるのはほんの一部です。そういった屈強な男たちの生き残りが現在のジャマイカの生きスプリンターだそうです。


 ということは、彼らの遺伝子を調べれば彼らの強さの秘密が分かるはずです。賢明な考えだと思いませんか?


 実際にそれを何十年も行っているのがグラスゴー大学のヤニス・ピツィラディス博士です。ピツィラディス博士の表の顔はアスリートの遺伝子研究ではなく、肥満と遺伝子の関係性を研究する遺伝子学者です。


 複雑な話をすると、現在スポーツ界で遺伝子に触れることは一部では一種のタブーとされています。何故ならば、ある民族や部族、人種が優れており、ある民族や部族、人種は劣っているという考え方を正当化したり、助長したりしかねないからです。純粋な科学と信念というのは全くの別物なのですが、人間社会ではその二つに明確な線引きを出来ない人がほとんどです。


 そんな訳で、人類の役に立つ肥満と遺伝子やそれに関する病気との関係性を調べることで研究費を得ているのがピツィラディス博士です。そして、その傍ら私財をなげうって調べているのがアスリートの遺伝子です。


 ところが、何十年にもわたるピツィラディス博士の情熱とは裏腹に今のところ、長距離走・マラソンに関わる遺伝子は見つかっていないそうです。いくつかの候補はあがっていますが、明確な遺伝子はまだ見つかっていないそうです。


 ちなみに、研究者として多くの時間と労力とお金をかけて調査した結果そういった遺伝子がまだ見つかっていないと公表できるピツィラディス博士は立派な人だと思います。科学者と言えども人間はなかなか多くの時間、労力、お金をかければかけるほど自分の仮説が間違っていたとは認められないものです。


 話を戻すと、優れたアスリートが一般人とは全く異なる身体的特徴を持っているのは当然のことです。優れた酸素運搬能力、大きな心臓と肺、優れたランニングエコノミー、こういったものを持っているのは当然です。だからこそ、第一線で闘えるのです。ただ、それが特定の遺伝子によるものなのかどうかというのはまだ分かっていないそうです。


 ある特定の部族や民族が著しく強いのであれば、何か特定の遺伝子があるに違いない、あなたがそう思われるのももっともです。ですが、あなたが見落としているものが一つあります。


 それは自分自身のことです。


 多くの人が知らないことですが、日本はケニア、エチオピアに次ぐ長距離大国であり、層の厚さでは世界一です。つまり、10000m28分台、ハーフマラソン62分台、マラソン2時間11-13分程度の選手の数は世界一なのです。


 そして、そういった選手の中から一定の割合で中本健太郎さんのように世界選手権やオリンピックで入賞を果たしたり、川内優輝さんのようにボストンマラソンで優勝する選手が出てくるのです。


 私もプロランナー時代ドイツで合宿をしている時にチームメイトたちから「日本人のくせに10000m28分台も出していないとはなんてこった。一年以内なら全額返金保証がついてるから、昨日コーチが日本人カタログをみていたよ。お前の代わりがもうすぐ来る」という手痛い冗談を言われたこともあります。


 そのくらい日本人は持久能力に優れているのです。

 

 では、日本人には持久能力に優れている特定の遺伝子があるのでしょうか?


 その遺伝子はまだ見つかっていません。そもそもの話をすると、人種というのは厳密に決まっている訳ではありません。戦前のドイツではアーリア人とユダヤ人という区分がなされましたが、実は遺伝子的にアーリア人とかユダヤ人というものを規定するのは不可能で、信仰など複数の特徴から定義せざるを得ないのです。


 第二次世界大戦中の風刺画としてナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスがアーリア人とは何かと聞かれて「ハンサム」と言っている風刺画があります。その風刺画に描かれるゲッペルスはネズミ男のように描かれていました。


 多くの銀幕スターと浮名を流したゲッペルスですが、確かにそこまでハンサムではないかもしれません。



 話を民族に戻しましょう。


 ケニアは一つの国家でありながら、49個の部族から構成されています。実はカレンジンというのは大きなくくりであり、カレンジンというくくりの下に更に細かくナンディとかケイヨという部族があるのです。


 世界選手権二連覇、ロンドンオリンピック銀メダリストのアベル・キルイさんはケイヨという部族ですが、東京マラソンの招待選手が泊まるホテルは京王プラザホテルです。「Oh Keio, Keiyo this is my home town」とか言いながら喜んでいたのが世界一の男です。


 では、何故一つの国にそんなにたくさんの部族があるのかということですが、もちろん遺伝子検査をして振り分けた訳ではありません。もともと別の共同体として生活をしていたのです。


 別の共同体として生活し、それぞれに長老と呼ばれる人たちがいたところに、イギリス人が来て勝手に地図上に線を引いて一つの国家にしたのが現在のケニアという国です。日本はと言えば、アイヌ人と沖縄の方を除けばあとはヤマト民族と呼ばれる単一の民族ということになるでしょう。


 ただ、この区分は結局のところ、人間が勝手に決めた区分であり、遺伝子によって分けられている訳ではありません。また、皆さんご存知の通り、全ての日本人が長距離走・マラソンが速い訳ではありません。


 一体我々は遺伝子と長距離走・マラソンの関係性をどのように考えれば良いのでしょうか?

環境と遺伝子

 ここで問題になるのが、その違いが先天的なものか、後天的なものかということです。例えばですが、野球が強いのは日本、アメリカ、韓国、キューバなどの非常に限られた国だけです。では、日本人、アメリカ人、韓国人、キューバ人は遺伝的に野球に適しているのでしょうか?


 おそらくこれに関しては多くの方は否と答えると思います。というのも、他に野球が盛んな国は多くなく、プエルトリコやドミニカ共和国、メキシコくらいであとは野球というもの自体が普及していません。つまり、文化的な違いなのです。


 一方で、マラソンは世界中で取り組まれています。それにもかかわらず、一部の民族だけが強いのは何故でしょうか?


 今度は多くの方が遺伝子だと答えます。しかし、本当でしょうか?


 そもそもケニアは長距離走・マラソンが強い国ではありませんでした。1990年以前に強かったのはアメリカ、イギリス、ソ連、東ドイツ、ニュージーランド、オーストラリア、といった国で、あとは日本やイタリア、スペインに選手がちょっといるという程度でした。この時代は長距離のように自己規律や鍛錬が求められるスポーツにおいては黒人のような怠惰な人種は向いていないと考えられていました。


 ところが、突如としてケニアが強くなりだしました。きっかけは一人のアイルランド人宣教師がケニアで選手の強化に取り組みだしてからです。選手の強化に取り組みだしたと言っても、彼は選手の強化のためにケニアの田舎に行ったわけではありません。彼は神に仕える男として、ケニアのイテンという田舎町に行ったのです。


 敬虔な彼は「必要なことは全て選手に教えてもらった」と語ります。元々は体操競技の選手で、陸上競技に関しては素人だったのです。ところが、彼の指導する選手が次々と世界大会で入賞し、世界記録を作るようになりました。


 そして、1990年代にロードレースやマラソンに多額の賞金が出されるようになってくると、ヨーロッパの資金がイテンに流れ込むようになり、更にマラソンに力を入れるようになりました。


 日本の戦後直後、貧しい子供たちがこぞってプロ野球選手を目指しました。その多くはお金を稼ぐためでした。お金を稼ぎたいからプロ野球の世界を目指したのです。それと同じように、貧しいケニアの子供たちがこぞってマラソンやロードレースに挑戦するようになったのです。


 先日ウェルビーイングライオンズのマネージャーのタイタス氏と電話会議をしている時に、こんな話をしてくれました。


 「イテンで生まれ育ってマラソンをやっている選手は少ない。イテンから多くのメジャーマラソンの上位入賞者、チャンピオン、世界大会のメダリストが出ているけど、大抵は周辺地域から来ている選手たちだ。イテンもカレンジンの地域だが、その中でも周辺から来ている選手が大半だ。イテンの人間は大半が農家で、一応他にも仕事があるし、エルドレッドの大学に行くやつもいる。でも、もっと田舎に行けば仕事がない。だから、マラソンに人生をかけるんだ。他には何もチャンスがない」


 そうやってマラソンに人生をかけている選手により多くのチャンスを与えるのが私の使命でもあります。ですが、これは興味深い事実でもあります。いつの日かケニアが経済発展をして先進国になれば、マラソンが弱くなる日がくるのでしょうか?


 答えはイエスだと私は考えます。


 実際に、ナイロビなどの都市部でマラソンをやっている選手はあまりいません。イテンは田舎町も田舎町です。確かに市場には多くの店が立ち並び、客と売り主の間で様々な交渉が繰り広げられ、活気に溢れてはいます。ですが、工業化を推し進めるほどの人口や規模はないですし、遊園地やプロスポーツ、映画館などのサービス業が盛んになるほど、人々は豊かではありません。


 それでも、イテンで生まれた人でマラソンをやる人が少ないのであれば、ちょっとでも町が発展すればマラソンをやる人は激減するのでしょう。まあ、ケニアの場合は汚職が進みまくって政治が腐っているので、貧富の格差が解消されるのが第一だとは思うのですが。


文化とスポーツ

 実際に、マラソンやロードレースは国が豊かになると衰退するものだと私は考えています。また冷戦の終結も影響しているでしょう。イタリア、ドイツ、アメリカ、イギリス、ニュージーランド、こういったかつてのマラソン先進国も規模で言えば、どんどん縮小し、エリートランナーと呼べる選手の数は激減しています。トップ選手のレベルはどんどん上がっていますが、規模自体は縮小しているのです。


 ごく一部のトップランナーの気が明日にでも変われば、国全体のレベルが地に落ちるほどの規模です。たった一国を除いて。


 そう日本を除いてです。日本では何故こんなにも多くの人が長距離に人生を賭けるのでしょうか?


 これは私の主観ですが、競技者の8割の方が賛同してくださるでしょう。それは駅伝があるからです。私も走り始めたきっかけは駅伝です。私の小学校ではほとんど全員が冬には駅伝大会に出ていました。強制ではなかったのですが、半強制といって過言ではありませんでした。


 別に何か特別な練習をしていた訳ではありません。仲の良い友達とチームを組んで走るというそれだけです。それなりに楽しかったです。亀岡という地方都市で、レベルも京都市と比べると格段に落ちますが、それでも上位には入れませんでした。でも、何とも言えない楽しさがありました。


 中学校に入っても駅伝をやりました。トラックレースなんかほとんど走ってません。駅伝だけです。別に好きで走ってたわけではありません。やくざみたいな先生にまたしても半強制的に走らされたのです。今でも、半強制的に走らされたことに対しては嫌な気持ちしか残っていません。でも、私はそれで走るのが嫌いになることはありませんでした。駅伝は駅伝で楽しかったです。


 そんな訳で、高校に入っても駅伝をやりました。トラックレースにもたすきをかけて出場したら、審判の人に怒られたこともあります。ルール上は問題がないけど、外しなさいと怒られました。


 高校時代から孤独主義者だった私を知るチームメイトからは信じてもらえないと思いますが、チームでやるのが楽しかったです。理由はよく分かりません。駆け引きも皆で一斉によーいドンをするよりも前を追いつつ、後ろも気にしなければいけない駅伝の方が面白いです。


 また駅伝においては、嫌いなものとも手を組まなければいけないこともあります。これも魅力の一つでした。たいていはチームスポーツだから皆仲良くないといけないと言われるのですが、部員が30人以上集まってそれも洛南高校に入学してくるようなのはお山の大将ばかりです。全員と馬が合う訳がありません。それでもチームの為には表面上は協力する必要がある場面もあります。そういうところも面白かったです。


 大学以降私は駅伝に対する興味をなくしますが、それは個人的なことであって、一般的には大学駅伝が最も過熱します。大学駅伝の注目度は非常に高く、箱根駅伝を走ると地元ではヒーローです。親や先生も喜ぶし、友達も凄いねと言ってくれるし、更にそこで活躍すると駅女(えきじょ)と呼ばれる女性ファンたちからサインしてくださいとか写真撮ってくださいとか差し入れがあったりとか、ファンレターをもらったりとかモテるようにもなります。


 当然、そこには多額のお金が動き、かなりのサポートがつくようになります。


 余談ですが、箱根駅伝関係者は見方を変えれば鼻持ちならないやつらでもあります。所詮地方の駅伝でしかないのに、指導者は有名人扱いになり、選手の取材やテレビ出演に当たっては関東学生連合の役員がお金を取ることもあります。他種目の人たちからは「偉そうにしやがって」という声が出ることもあります。裏を返せば、それだけ駅伝は人気なのです。


 そして、実業団もニューイヤー駅伝で活躍するためにはそれなりの頭数が必要になります。そして、駅伝が好きなので、チームを持ちたい企業もたくさんあります。その結果として、実業団選手の数が増えます。その中から一定の割合でマラソンで活躍する選手が誕生します。これが日本の現状です。


 つまり、ある民族や部族、国家からたくさんの強い選手が出るのは文化的な背景が大きいのです。民族とか部族とか書くと何か特別な感じがするかもしれませんが、我々も大半はヤマト民族という単一の民族に過ぎません。そのヤマト民族は持久力に優れる遺伝子を持つと言われてあなたは信じるでしょうか?


 要するに、あなたはヤマト民族だから素質があると言われて腑に落ちるでしょうか?


 落ちないのであれば、カレンジン族は遺伝的に特別だと感じるのもいささか不自然ではないでしょうか?


 ただ、どの民族においても長距離走に適した遺伝子を持つ人とそうではない遺伝子を持つ人がいるでしょう。その遺伝子がどの遺伝子コードなのかは私も分かりませんし、いまだに明確な結論は出ていません。こればかりは議論の余地があるでしょう。どの民族においても結局のところ、一人一人遺伝子は異なり、その中のどの遺伝子配列が大きな影響を持つのかはこれからも研究が進められていくでしょう。


遺伝子とやる気

 そもそもの話をすると、長距離走に向いている遺伝子を特定すること自体が困難なことです。何故ならば、一言で長距離走に必要な体の特徴といっても様々だからです。細長い脚、優れた酸素運搬能力、疲れにくい体、ハードな練習から素早く回復する能力など様々です。


 そして、もしも気持ちも遺伝するとしたらどうでしょうか?


 こんな話があります。アラスカで開催される1770キロの犬ぞりレースの話です。このレ-スはアイディタロッドと呼ばれるレースで、そのチャンピオンに輝いたランス・マッケイは無謀な挑戦に出ようとしていました。というのも彼にはお金がなかったのです。競走馬と同じで、速いそり犬は高値で売られ、それを交配させて強いチームを作っていくのですが、マッケイには脚の速いそり犬を買うお金がなかったのです。


 そこでマッケイは遅くても良いから走るのが好きな犬を二束三文で買いとると走るのが好きな者同士で交配を繰り返し走るのが好きな犬たちを作り上げました。そして、実際にアイディタロッドで優勝しました。


 果たして走るのが好きだという気持ちは遺伝するのでしょうか?


 私はこの手の話は信じません。人間の自由意志というものを信じています。


 ですが、断言できることがあります。それは走るのが好きではない人を速くすることほど時間の無駄はないということです。


 ウェルビーイング株式会社を作って三年目になりました。1500m4分14秒からたった半年で3分59秒まで伸ばした10代の学生さん、たった1年間でマラソン3時間16分から2時間33分まで伸ばした30代男性の方、たった3か月で5000mのタイムを35秒ほど更新した40代男性の方、走り始めて10年目で初めてサブ3を達成した60代男性の方、たった3か月でハーフマラソン1時間37分から30分まで伸ばされた40代の女性の方、たくさんの方がいらっしゃいます。


 これらの方は年齢も性別の過去のトレーニング歴も過去にやっていたスポーツも全て異なり共通点は何もありません。あるのは唯一走るのが好きだということです。


 この前奈良育英高校の尼崎先生とも話をしていたのですが、やっぱり「走るのが好きでさえいてくれればなんとかなる」という話になりました。奈良県は智弁カレッジ一強状態がずっと続いていたのですが、尼崎先生がその一強を崩そうと努力をされています。実際に、今年の奈良インターハイでは1500m3分52秒で走る奈良県チャンピオンも出ています。


 とにかく走るのが好きでいてくれればあとは適切な戦略を示したり、方法論は教えてあげられるのですが、走るのが好きじゃない子はどうにもなりません。昔みたいに体罰使っても良いなら、走るのが好きではなく身体的素質がある子でもなんとか強くなるかもしれませんが、それって結局その指導者の名誉のためだけなんです。指導者の名誉のために選手を道具として使うのは間違っていると私は思います。


 あなたは走ることは好きでしょうか?


 もし、そうならばそれが最も重要な素質である可能性があります。その気持ちを大切にしてください。


 最後に一つだけ


 私は気持ちや気質が遺伝するとは信じていません。しかしながら、否定できないことがあります。私の曽祖父は駅伝というスポーツが始まった本当の初期の頃の東京上野京都三条間の駅伝に出場していました。叔父は陸上部で駅伝をやっていました。父のいとこは昔1500m障害の高校記録保持者でした。沢木啓祐さんと一緒に近畿インターハイを走ったそうです。そして、私の妹も駅伝をやっていました。


 私の家は母方の祖父が起業家で現在も存在する京都茶華道具館を作りました。父方の祖父の祖父が日通のお偉いさんで祖父の父も日通の福知山支店長、そのまま行けば祖父も黙っていても出世街道にのったのに、大企業で出世するよりも自分で起業し、雑貨屋を営みました。父は母方の祖父が作った京都茶華道具館を継いでいますし、先述の父の祖父はバブルの時代に土地と工場を担保に取れば良いから3000万円貸してくれと銀行に行って家具工場を経営したり、やくざ相手に建設業もやっていた人です。


 一度下請けの中小企業の社長をいじめてばかりいる某大手スーパーの社長がいたのですが、それが原因である社長が首つり自殺をしました。そんな時に、その人から仕事を引き受けたその人ですが、相変わらず下請けをいじめるその社長は無理な納期を押し付けてきました。その人の会社は一回の店舗を作る仕事を任され、土台を作るのは別の会社の担当だったそうです。


 案の定、無理な納期に土台が作れませんでした。そうすると、土台も出来ていないのに、無理やり張りぼての上に一階の店舗を作ってしまったそうです。それでも契約上の納期に間に合わせるにはそうするしかありませんでしたし、その人は納期を守ったのでお金はちゃんと払わせたそうです。


 勿論、土台も出来ていないのにその上に店舗を作られたら工程は大幅に遅れます。そのスーパーは開店予定日までに開店できなかったそうで、ざまあ見やがれと思ったそうです。


 もちろん、その大企業の社長が下請けだと思って人をなめているからそうなるのですが、実際に契約に基づいて制裁を加えるだけの行動力があるとは私に似ていると言いますか、私も完全にその人の血を受け継いでいるように思うのは偶然でしょうか?




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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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