人生の基本的な原則に、「何か大きなものを手に入れたかったら、努力をしなければいけない」というものがあります。
一部の生まれながらのお金持ちを除いて、お金持ちになりたければ、努力しないといけないし、頭が良くなりたければ勉強しないといけないし、モテたければ異性のことをよく知らないといけません。
しかしながら、時には楽をすることによってより大きなものが手に入ることがあります。レース前の4週間もそのうちの1つです。何度も書きますが、ピーキングとレース前の調整やテーパリング、シャープニングは全く別の概念です。
ピーキングというのは、システマチックにトレーニングを計画し、実践し、狙ったレースにおいて不可能を可能にする技術です。
そして、レース前4週間前後の練習を軽くしていくというのもピーキングの一部です。この最後の約4週間の練習を軽くすることをテーパリングや調整などと言います。
今回はそんなテーパリングのやり方について解説をします。テーパリングの仕方には以下の4つがあります。
質を落とすパターン 先ずは一つ目の、質を落とすというやり方です。これも細かい部分は分かれます。ほんの一例をあげると、5000m のレースで 14 分台を出すために、ずっと 1000m5 本を200m つなぎで 3 分 5 秒から 2 分 55 秒という練習に取り組んできたとします。
そうすると、これが同じ 1000m5 本を 200m つなぎで 3 分 5 秒とかあるいは 1600m4本を1000m3 分 10 秒から 3 分 5 秒ペースみたいな練習になります。
何故このような練習をするのか理解に苦しむ方も多いかもしれませんが、実際にこのやり方で私も上手くいったことがあります。体にかかる刺激としては、3 分ちょうども3 分 5 秒も正直そこまで変わりません。すくなくとも、現在の走力を維持するだけならこれで充分なのです。
しかし、この 5 秒で結構余裕が持てて疲労が抜けてきます。しかも、精神的にも常におさえておさえて練習をしている訳なので、レースの日はもう気持ちも良い意味で爆発寸前で自分の力を速く試したいという気持ちになりがちなんです。
このように肉体的にも精神的にも余裕が持てて良い効果が得られるんです。この場合は、1000m5 本のあとに 200m5 本をレースペースよりも速いペースで入れて体のキレは失われないようにすることがほとんどです。
また、マラソントレーニングで言えば、疲労は抜いていきたいけれど、筋持久力は落としたくないし、有気的脂質代謝の能力も落としたくないというような時に、ペースを落として 40 キロ走や 35 キロ走を取り入れることで、これまで培ってきた能力を維持しつつも疲労を抜いてスタートラインに立つというやり方になります。
質を落とすというやり方は、あまり多くの人が取り入れているやり方ではありませんが、個人的な経験から、有効な一つのやり方だとお伝えさせて頂きたいと思います。
量を減らして質を上げるパターン 2つ目の量を減らして、レースペースよりも速く走るというのは、例えばですが、今まで 5000m15 分ちょうどを目標に、1000m5 本を 3 分 5 秒から 2 分 55 秒でやっていたのを、1000m3 本を 3 分ちょうどから 2 分 50 秒でやるみたいなそういうイメージです。
バリエーションはいくつもあり、それまでは 1 マイル 5 本していたけど、1000m5本にするというバリエーションもあるでしょうし、5000m のレースに出る選手が400m4 本を 3 セットのような練習にしてさらに質をあげることもあります。
マラソントレーニングなら最後の 40 キロ走を終えた後で、35 キロ、30 キロと距離走の距離を短くしながら、最後の 5 キロや 10 キロはマラソンレースペースで走るというトレーニングのやり方もあるでしょう。
やり方は色々です。また、それとは別に短い距離のレース(例えば 10 キロ)に出たり、一人で 10-15 キロの距離をマラソンレースペースよりも速いペースで走るというパターンもあるでしょう。あとは 1 キロのインターバルなどもそうでしょうか。
この量を減らして、質をあげるというやり方を取る指導者は古今東西たくさんいます。
おそらくその理由としては、レースペースよりも速いペースに体を慣らしておくことで、レース前半に余裕を持つことが出来るからだと思います。心理的にも練習で経験しているペースよりもレースが遅く進めば余裕を持つことが出来ます。
注意点としては、やはり疲労を残さないようにするということでしょう。この練習もレース直前にいきなり、今までやったことがないような質の練習をするのではなく、それ以前からやってきたことを本数を減らして行うというのが良いように思います。せっかく量を減らしても、今までやったことのないような質の練習をするとかえって疲労が残ってしまいます。
これは非常に極端な例なのですが、量を減らしても普段やっていないような質の練習をすると、ダメージが残ってしまうという例を一つ紹介させて頂きたいと思います。それは私が洛南高校陸上競技部に在籍していたころの話です。
体育祭が 9 月の 3 週目にあったのですが、その体育祭にはクラス全員リレーというリレーがありました。スポーツクラブにはインターハイチャンピオンもおり、非常にレベルの高い体育祭となります。
もちろん、スポーツクラブは絶対に他クラスに負けるわけにいかないという気持ちで走りますし、1 クラスしかない普通クラスは進学クラスには負けたくないと思って本気になりますし、進学クラスは進学クラス内でスポーツクラスと普通クラスに一泡吹かせてやろうと、また進学クラス内でも火花を散らします。
そんなわけで、本気にならざるを得なくなるのですが、それで 100m を全力で走ると、長距離部員はだいたい筋肉痛になるんです。
皆翌日は自分たちでも驚きます。普段これだけ走っていて、100m1 本全力で走っただけで、筋肉痛になるのかと。長距離部員だって、200mを 30 秒で走ったり、練習の最後に 300m1 本を全力に近いペースで走ったりといった練習はします。
しかし、やっぱり 100mを全力で走るというのとはまた別物です。普段やっているのであれば良いのですが、普段やっていないことをレース前にやらないというのは鉄則です。
さすがに、100m1 本を全力で走るというのは、体育祭ならではの特殊事情ですが、私自身も試合が近づいてきて、疲労も抜けてきて、状態が上がってきて、調子に乗っていつもよりも速いペースでインターバルをして試合当日にダメージが残ってしまったということがあります。
やはり、量を減らしてレースペースよりも速いペースで走るケースでも、ある程度普段からやっていてそれほど無理な練習にはならないようにする必要があります。 レースペースで走り、量を減らすパターン 3 つ目のレースペースで走り、その合計距離を減らすというのは、5000m や 10000mのレースに向けて準備しているときに一番わかりやすいと思います。こういったレースに出る時は 1000m、1200m、1600m、2000m といった距離がインターバルでよく使われ、だいたい疾走距離の合計がレースの距離になるようにトレーニングを組むことがほとんどです。
例えばですが、10000mのレースに出るなら、1200m8 本を 10000mの目標とするレースペースで行ったりします。
そうすると、レースが近づいてきてもそのペースで本数を減らして実施します。1200m8 本していたのであれば、1200mを 6 本まで減らすくらいがちょうど良いでしょう。
また、距離がおよそ半分のレースに出るのも良いと思いますし、自分でタイムトライアルをするのも良いでしょう。タイムトライアルと言っても全力で走るのではなく、自分が目標とするレースペースで自分が目標としているレースの半分の距離を走るんです。
ハーフマラソンやマラソンでは 1000mを 21 本とか 1000mを 42 本といったインターバルはしないと思いますが、それでもレースペースで 10-15 ㎞走ったり、インターバルにして区切ったりと言った練習をされる方はいらっしゃると思います。
ただ、ハーフマラソンやマラソンではそもそも普段から、それほどレースペースで走る練習の合計距離は多くないでしょうから、レースが近づいても同じくらいの量でも良いのかもしれません。
例えば、私自身は練習ではマラソンレースペースで走る距離は最大で 21.0975 ㎞だと考えています。通常は 15km くらいでしょう。そうすると、普段からレースの距離の半分から 3 分の 1 くらいにしかならないのですが、私はこれで良いと思っています。そうしないと、なかなか練習と練習が線でつながっていかないからです。
それよりも、そういった 15 キロやハーフマラソンくらいの距離のマラソンレースペース前後のテンポ走ともっと遅いペースでの距離走を組み合わせる方が良いでしょう。
いずれにしても、3 つ目のやり方は目標とするレースペースより遅くもしないし、速くもしないというパターンです。実は私はこのやり方が結構おススメです。何故なら、レースに向けて心身ともに準備ができるからです。
結局のところ、休憩を挟んで短い距離をレースよりも速く走れたり、長い距離をレースペースよりも速いペースで余裕を持って走ることが出来ても、レース当日にレースペースで走った時に、体がどう反応するのかがよく分かりません。
もちろん、基本的にはどんな練習をやっても、同じペースで走ってもどんどん楽になっていったり、あるいは同じ感覚で走っていてもどんどんペースが上がっていくのであれば、状態は上がっているはずです。
そうではあるのですが、やはり重要なレースが近づいてきたら、もう少し正確に細かく、自分の状態を知っておきたいと思うのが人間心理です。少なくとも競技者というのは、本当に何か月もかけて年に 1 回のインターハイ、全国高校駅伝、箱根駅伝、日本選手権といったものに勝負を挑んでいくわけですから、少しでも完璧に近い状態で臨むのが望ましいに決まっています。
そのためには、直前まで微調整を図る必要も出てくるのですが、そのためには自分の状態をより正確に知っておく必要があります。その時に、やっぱり目標とするレースペースよりも速いペースで走ったり、目標とするレースペースよりも遅いペースで走っても正確には分かりにくいのです。これは心理的な問題かもしれません。
心のどこかで「レースペースで走った時に体はいったいどうなるのだろう」という疑問は残りやすくなってしまいます。
もう一つは、狙ったレースで結果を出すための練習の基本的な考え方である「なるべく超回復をさせつつも、走力を落とさない」に従えば、刺激は必要最低限であることが最適解ということになります。刺激の量は少なすぎても、多すぎてもいけないのです。
そう考えると、レースペースで走る量を減らすというのは、非常に分かりやすいのです。それ以上のものは必要ないのですから、それ以上速くも走りません。一方で、走力が落ちてもいけないので、遅くも走りません。考え方としては非常に単純ですし、レース前になってあれやこれやと余計なことを考えなくても済むのかもしれません。
先述の通り、走力を維持するだけであれば、若干ペースが遅いインターバルでも大丈夫です。もっと極端な話をすれば、1 週間くらいであれば、ハードな練習をしなくてもジョギングと流しだけでも、充分走力は維持できます。
ただ、心理的な不安も考慮に入れると、あれこれと考えてしまうものかもしれませんし、実際あまりにも練習が楽すぎれば多かれ少なかれ走力は低下します。
そういったあれこれ考えなくて良いということを考えれば、レースペースで走り、その量を減らすというのは非常に理にかなった考え方だと思います。また、あれこれ考えなくても良いということで言えば、レースの距離の半分程度のタイムトライアルをするというのも非常に有効なやり方です。
5000mなら 2500m(実際には 3000m を使うことが多い)、10000m なら 5000m、ハーフマラソンなら 10000m、マラソンならハーフマ
ラソンや 20 ㎞と言ったところでしょうか。
ただ、距離がハーフマラソンになってくるあたりから、疲労の残りが大きくなるので、あまり実践的ではないでしょう。しかし、10 キロや 15 キロくらいまでなら、このやり方は有効なやり方です。私自身も試したことがありますが、メリットとしてはレースをしっかりと疑似体験できますし、このくらいの感覚であれば、まだちょっと疲労が残っているなとか、だいぶ疲労が抜けてきたなとか自分の状態も掴みやすいです。
デメリットとしては、例え半分程度の距離でも一人で目標とするレースペースで走るのは難しいかもしれないということです。しかし、先述の通り、多少ペースが遅くても走力を維持する分には問題がないので、ある程度あいまいに、幅を持たせて考えることも必要でしょう。
つなぎ(休息)を長めに取るパターン 4 つ目はつなぎ=休息を長めに取るパターンです。これは質も量も同じなんだけれど、つなぎを長くすることによって、体に余裕を持たせるやり方です。
例えばですが、5000m15 分ちょうどを目指す選手が 1000m5 本を 200m つなぎで 3 分 5 秒から 2 分 55秒でやっていたのを 1000m5 本を 600m つなぎで 3 分 5 秒から 2 分 55 秒でやるようなやり方です。
こうすることによって、質も量も落とさないんだけれど、体にかかる負荷を抑えて余裕を持つことが出来ます。このやり方はレース前に敢えて特異度を下げるという意味では、少し理にかなっていない面もあります。
しかし、レースで結果を出すための練習で必要なのは、新しいレベルに到達することではなく、体を最大限回復させることです。
このように考えると、このやり方も非常に理にかなっていることがお分かりいただけると思います。何よりも質も量も落とさなくて良いのですから、走力が落ちることはないでしょうし、心理的にも「練習を落としすぎていないか」と思う必要がなくなるでしょう。
ただ、このやり方においては、つなぎを長めに取るからと言って疾走区間のペースを有意に速くしないことが必要になります。若干速くても良いかもしれませんが、明らかに今までよりも速く走ることは禁物です。
あくまでも、余裕をもって同じペースで走ることが大切です。ちなみにですが、このやり方をやっている、主に取り入れている人は見たことがありません。見たことはないのですが、私自身は重要ではないレースの時に試したことがあります。その結論から言えば、気持ち的にはものすごく楽です。
つなぎを長くすれば、それほど体も疲れませんし、精神的にも今までやってきたことをつなぎを長くしてやるだけなので、「楽勝だ」という気持ちで取り組むことが出来ます。
また質も量も落とさない(私の場合は若干量は落としました)ので、「練習を軽くしすぎなのではないか」という不安も全くありません。感触は悪くありませんでした。しかし、現在でも一般から特異性へトレーニングを移行させるという原理に反するという理由から採用していません。
しかし、部分的に取り入れることもあります。一般から特異へと移行させていくと、今までやってきたのにレース前にやらなくなる練習が出てきます。
例えば、ショートインターバルがそのうちの一つです。レースが近づいてきたら、ショートインターバルはもうメインの練習にはなりません(1500m などの中距離種目はまた別です)。
しかし、今までやってきたんだから、完全にやらないのももったいないな、せめてその能力を維持はしたいよなと思うときがあります。また、ハーフマラソンのレースに向けて準備しているときの 1000m のインターバルなんかもこれに該当します。
こういう時に、つなぎを長めにとって、本数も少なくしてちょっとだけ入れるのです。例えば、1000m5 本を 600m のジョギングでつなぎ、おおよそ 5000m のレースペースで行うような練習がそうでした。
私の場合は疾走区間のタイムが 2 分 55 秒から 2分 50 秒で 600m を 3 分くらいでつなぐので、疾走時間と休息時間の時間がほぼ同じになります。
こうすれば、ほとんどダメージが残らずに、ハーフマラソンのレースに向けて準備しているときでも、5000m の走力を落とさずに済みます。こういうやり方もあります。
4 つのやり方を組み合わせる ここまで紹介してきた 4 つのやり方のうちのどれか 1 つの考え方に基づいて練習を進めていく人もいますが、4 つのうちのどれかを組み合わせる人もたくさんいます。
最もありがちな組み合わせとしては、トラックランナーであれば、つなぎを長めにしてレースペースよりも速いペースでの練習を取り入れて量を減らしていくというやり方を取る選手も多いですし、また質も落とすし、量も減らすという選手もいます。
どのようなやり方をしても、結局は「走力を落とさない範囲内で、最大限超回復させる」ということだけが重要なのです。そのための方法論に関しては、どれが正解でどれが間違いということはありません。方法論に関しては正直どうでも良いと思います。
結果を見ても、どのやり方を取っても上手くいくケースもありますし、どのやり方をとっても失敗するケースもあります。要するに、「きちんと疲労を抜いてスタートラインに立てるかどうか」と「走力を落とさずに良い状態でスタートラインに立つことが出来るかどうか」の 2 つの要素のみが重要なのです。
最終的にはお気に入りのやり方を見つけていくと良いと思います。ちなみにですが、私は種目によっても異なります。例えば、5000m であれば距離的な不安は一切ありません。最終的には、レースペースで走った時に体がどう反応するかです。
しかし、400mのようなショートインターバルであれば、これまたレースペースで走るのは問題がありません。そうなると、1000m や 1200m、1600m、2000m などの距離を組み合わせてレースペースで走るやり方を取ります。そして、この時必ずしも合計距離は減らしません。
何故なら、そもそも 5000m という距離自体がそれほど長くないからです。
10000m は 5000m とほぼ同じやり方をとりながらも、1000m10 本を 8 本から 5 本程度まで減らすと思いますし、5000m のタイムトライアルやレースに出るのもありです。
ハーフマラソンくらいになると、2000m6 本くらいのインターバルと 20-25 キロくらいの距離走を組み合わせて、最低限の筋持久力とレースペースで走った時の感覚を維持します。
レース前 2 週間を切った段階ではもう少し練習を減らして、最後の週はレースペースより遅いペースからレースペースくらいまでの 5 キロ一本か、レースペースとほぼ同じ(若干速い)ペースの 1000m のインターバルくらいで軽く刺激を入れて終わりです。
これがマラソンになると、おおよそマラソンレースペースくらいの変化走と 40-30キロの距離走で最低限の筋持久力を維持してレースに臨みます。
最後の二週間はハーフマラソンとほぼ同じで、8 日前に軽くインターバルか 10 キロ一本をして、4 日前に 5 キロ一本かインターバルをしてレース当日を迎えます。
実はここまでは拙著『レース前4週間完全攻略本』の一部です。
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