故障との付き合い方


1.故障との付き合い方

今回は次のようなリクエストをいただきましたので、故障との付き合い方について書いてみたいと思います。

「また、可能であれば、あと一つ教えていただきたいテーマがございます。

それは故障時のランニングについてです。まさに今私がそうなのですが、走れないことによる心肺能力及び筋力の低下が怖く、ついつい走ろうとしてしまう気持ちをなだめているところです。

どの程度休むと、どの位能力が下がるのかと、どの位の感覚であれば走っても悪くならないのか(きっと池上さんもアキレス腱炎が完治していない中でも、悪化しない範囲で練習をされているものと考えております)をご教示いただけますと幸いです。」

 ランニングから遠ざかるとどのくらい落ちるのかということについては、非常に個人差が大きい領域です。またその人の種目によっても大きく異なり、一般論としては距離が短ければ短いほど休んでもあまり落ちません。個人差以外では故障期間中に何をしていたか、どのくらいの期間本格的な練習から遠ざかっていたかということに依存します。私の場合、マラソンの後2週間は何もしませんが普通の基礎的な練習がこなせるようになるまでに6週間はかかります。その後、気に入ったレースがあれば(地元のレースや賞金のあるレース)、レースに出ても良いと思っていますが、最高のパフォーマンスを望むのはまず無理ですし、マラソンであれば絶対に出ません。

 しかしながら、同じような状況、若しくはもっとランニングから離れている選手でも4週間くらいで自己ベストに近いタイムを出してくる選手はいます。特に学生で素質のある選手はそういう選手は多いです。これに関してはポテンシャルはもっと上にあるのかもしれませんし、競技力が同じでも生理学的要素が異なるのかもしれません。後者については詳しく後述します。

 まず初めに判断しなければいけないのはどのくらいまでならやっても良いかということですが、次の2点がそれを判断するのに最も大切な要素です。

1.典型的な炎症のサイン(腫れ、発赤、熱感、痛み、可動域の制限)があるか否か

2.走り始めよりも走り終わりの方が痛みが強いか

上記の質問に対して是と答える状況であれば、走るのは控えるか大幅に制限されるべきです。逆に、走っていて和らいでくるような痛みで、典型的な炎症のサインがない場合にはある程度までは走っても大丈夫ですし、完全に休むよりも復帰が早くなることは断言できます。但し、どの程度までやっても良いかということに関してはその人が判断するしかありません。炎症に関しては二種類あり、それぞれ区別して考えられるべきだということは過去記事の『炎症とは何か』に詳しく書いています。

2.クロストレーニング

 故障中のトレーニングに関しては、私の場合はクロストレーニングが中心となります。クロストレーニングで100%ランニングの競技能力を維持することは絶対に不可能です。しかしながら、患部への血流と酸素の供給を促し故障の治癒を早めてくれる、競技能力を出来るだけ維持してくれる、長期的な視点で見た時にランニングにプラスの影響を及ぼす、特に新たな神経回路の発達を促してくれるなどの多くの利点があります。クロストレーニングの種目を選ぶ際の原則は、その運動がランニングに近ければ近いほど良いということです。私の個人的な意見としては以下のような順番になるでしょう。

1.クロスカントリースキー

2.インラインスケート

3.エリプティカルトレーナー

4.固定バイク

5.ロードバイク

6.水泳

クロスカントリースキーは積雪地帯でなければ、現実的ではありません。ジムに行けば、クロスカントリースキー用のマシンがあったり、ローラースキーをする人もいます。またインラインスケートであれば、近くに場所を確保することも可能でしょう。水泳もそうですが、これらの種目でどのくらい負荷をかけられるかはその人の技術に依存します。私も過去にインラインスケートを積極的に取り入れた時期がありますが、技術の習得に時間がかかりましたし、競技としてインラインスケートをやっている人のスピードが出せるようになる前に、故障の方が治りました。それに加えて、私の場合ブレーキ技術が未熟だったので事故の危険を考えるとなかなか思い切ってスピードが出せませんでした。

 固定バイクとロードバイクを分けた理由は、ロードバイクで負荷をかけようと思うとギアを重くする必要がありますが、これでは脚の回転が遅くなります。また競輪選手の太ももを見てもらえればわかりますが、ロードバイクは地面との抵抗があるので負荷をかけると少し脚の筋肉が変わってしまう可能性があります。ジムにおいてある固定バイクであれば、負荷をかけても地面との抵抗が無いので走っているときと同じ脚の回転数を維持できますし、脚の筋忍苦も太くなったりはしません。欠点はマシンの性能に左右されてしまうことと飽きやすいことです。電気で負荷をかけるもので、出来るだけ細かく負荷を調整できるものが望ましいです。スピンバイクであれば安価で買えますが、スピンバイクの多くは負荷を自由自在に調整することが不可能で、負荷を重くするとロードバイクに近い状況になるのでお勧めできません。勿論、あるにこしたことはないのですが。

 水泳に関しては私はそもそも水泳の技術に欠陥があり、心肺機能に負荷をかけることは不可能と言って過言ではありませんので、私からはコメントできません。水泳の上手な人は水泳でランニングの競技能力を維持することが出来るのかもしれませんが、私にはわからない領域です。

 水中ランニングも選択肢の一つに入ります。水中では浮力と水圧で脚への負担が少なく、ほとんどの場合痛みが出ません。また水圧で自然と脚がマッサージされるというメリットもあります。ドイツのリオ・デ・ジャネイロオリンピック代表のリザ・ハーナーという選手は疲労骨折で走れなかったときにこの水中ランニングを取りえれていました。水中では動きが遅くなってしまうのでピッチを意識して、出来るだけ細かく早く足を動かすことがポイントです。

 因みに水中にトレッドミルを設置して、前から水流を流すことで脚を速く回転させる方法もあります。オレゴンプロジェクトではかなり早い段階から取り入れていますし、コニカミノルタ陸上競技部の寮にあるプールにも同様の設備がありました。

 私が最も重視するクロストレーニングは固定バイクですが、飽きてしまうというのが一番の欠陥なので、出来るだけ多くのクロストレーニングを組み合わせるようにしています。

 因みにこのリストからウォーキングや山歩きは外しました。私の経験から言って、これらの運動は脚に負担をかけるだけで何の役にも立ちません。やらない方がましな部類に入ります。私が高校を卒業する時に書いた文集には故障時の最も有効なトレーニングとしてウォーキングを挙げていますが、100%誤りです。当時の自分は間違っていました。当時はまだ経験が浅く固定バイクを用いたトレーニングの仕方が分かっていませんでした。追い込む練習をするときはパワーマックスという無酸素パワーを鍛えるのが主目的のマシンを使っていたのが誤りでした。エアロバイクの負荷を挙げていった方が長距離選手にとっては良いトレーニングになります。また故障の後走り始めたのが全国高校駅伝の13日前で、そもそもどのようなアプローチをしても時間的に無理だったと思います。今ならその状況ではレースには出ないでしょう。今でも当時のチームメートと恩師には迷惑をかけたと思っています。

 上の表では上に行けば上に行くほどランニングに近い種目となっているので、それだけランナーには有効なトレーニングとなっています。しかし、前提としてランニングで故障をした場合、その運動がランニングに近ければ近いほど痛みが出やすくなります。ですから、どの種目なら可能なのかということは慎重に選ばなければいけません。また、それがなんであれ、走らなければランニングにおける競技能力の低下はまぬかれません。ただ、私自身の経験から固定バイクでの高負荷トレーニングと軽いランニングを組み合わせれば、かなりランニングシェイプが維持できることが分かっています。場合によっては、新しい刺激を加えることになるので長期的には走っているだけよりも強くなる可能性も出てきます。これらから導かれる結論は出来れば早く予定を変更したほうが良いということです。これがなかなか難しく私も判断を誤りやすいところですが、無理だから当初の予定を変えるではなく、「出来るかもしれないけどリスクを負いたくないから予定を変えてクロストレーニングを中心のプログラムを組む」ぐらいの気持ちでやめた方が上手くいくことが多いです。そして実際には出来ることなら予定通りのプログラムを全部こなしたいという気持ちが強いので、「リスクを負いたくないから、やめておく」くらいの冷めた気持ちを持たないとバランスが取れません。

4.生理学的要素の差による個人差

さて、故障中のクロストレーニングで絶対に補えない部分は神経筋です。若しくはランニングエコノミーと言っても構いません。走行中のランナーは筋繊維を収縮させては弛緩させるという繰り返しで走っています。全ての筋繊維は一本の運動神経につながっており、だいたい一本の運動神経に数百本の筋繊維がつながっています。この一本の運動神経とそれにつながる筋繊維のことを運動単位と言います。一本の運動神経につながる筋繊維は全て同時に収縮し、筋繊維が一本だけ収縮するということはありません。この運動神経は脊髄から脳へとつながり、運動単位の末端と脳の間で常にフィードバックとフィードフォアが行われています。このフィードバックの結果、脳はどの運動単位を使うかを決めます。

 人間は同じ動きを何度も繰り返していくと、その動きを経済的に行うことが出来るようになります。例えば、1㎞3分ペースで走っている男子のトップマラソンランナーの動きはとてもゆったりと見えますが、普通の人に1㎞だけでも3分ちょうどで走ってもらえば、ダッシュしているように見えるでしょう。これはトレーニングを積んだ選手は1㎞3分ペースで走るときにより少ない運動単位を用いて走っているからです。つまりより少ない数の筋繊維の収縮で走っています。

 クロストレーニングによってある程度最大酸素摂取量を維持することは可能だと思います。しかし、走らない以上走っているときとは異なる運動単位を用いることになります。走っているときとは異なる神経回路と脳の領域を使います。そうすると、心肺機能に負荷をかけてもランニングエコノミーは一時的に低下してしまいます。

 ある種目における競技能力が同じでもそれぞれの運動生理学的要素の強みと弱みは異なります。ランニングエコノミーが長所の人はいくらバイクで心肺機能を維持しても、ランニングエコノミーという長所を失うので競技能力の低下は大きくなるでしょう。また、ランニングエコノミーは距離の長い種目ほど競技能力の主な決定因子となります。従って、その種目が長ければ長いほど、ランニングから遠ざかると復帰に時間がかかります。

 但し例外的に長期的に見ると、他の種目を行うことによってランニングエコノミーが改善されることもあります。それはクロストレーニングのための新たな神経回路が発達するので新たな神経回路と旧来の神経回路が結びついて、ランニングのための新たな神経回路が作られる可能性があるからです。

 私の場合、固定バイクでのハードなトレーニングでランニング中の脚の回転を学んだことがあります。ランニングは全身運動に対して、バイクは主に脚筋のみを使います。そして人間の体はトレーニング刺激に対して特異的に適応します。つまり、ランナーは心肺機能が強いからと言って、同時に優れた自転車競技や水泳の選手にはなれないということです。そうすると、何が起こるかというと、固定バイクで追い込んでいくと心肺機能の限界に到達する前に脚筋がへばってその運動強度を維持できなくなるのです。心肺機能はまだいけるけど、脚筋は限界を迎えるというところで脚をリラックスして回転させるという技術を学ぶことが出来ました。そもそもランニングのように脚が地面につかないので、固定バイクの方が足をスムーズに回転させることが出来ます。その時に得た感覚を走り始めてから応用することで、それ以前よりもリラックスして脚を回転させることが出来るようになりました。

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