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トレーニング理論を理解せずにがむしゃらに走り込み続けた少年の末路

時は七月末つ方、我が籌略は定まりたり。


 私は練習日誌に勢いよく書き殴って閉じると、ライティングの授業の為に教室に入って担任でもある藤井章徳先生、通称Fを見やりながら慌てて教科書とノートを引っ張りだした。英語は自分の大の苦手科目であり、一年目の一学期には百点満点中十九点という惨憺たる点数を取り、見事に一をもらってしまった。


 そのまま行けば留年になるところであったが、何とか成績を向上せしめ一年目が終わる頃には五段階中三の評価をもらえるようになった。肚の中では日本男児に何故英語なるものが必要なもんか、日本語という世界で一番格調高い言語があるではないかと思っていた。


 百歩譲って、「風簫簫として易水寒し、壮士一度去りて復たとは還らず」というような美しい記述を為し能う漢文ならまだ分かるが、英語のようなものはヤンキーが使うものにありて日本男児が使うものに非ず。


 私はそう思いながらも、ワールドカップマラソンにも日本代表として出場された比護信子さん(旧姓藤村)の「海外の選手との交流が出来た方が良いから英語は勉強しておきなさい」という言葉を思い出し、藤井先生の授業に前向きに取り組むことにした。


 教室内は空調が利いていたが、男子だけを五十三名詰め込んだ教室は熱気に包まれており、非常にむさくるしかった。しかし、私には女子のいないその教室がなんとなく心地よく感じられた。


 一学期、トラックシーズンの私は惨憺たる成績であった。まったくもってインターハイ路線の出場枠争いには絡めず、自己記録よりも大幅に遅い記録でしか走れず、練習でも走れず、自分で自分の不甲斐なさに腸(はらわた)が煮えくり返るような思いをしていた。


 そんな私の煮えくり返る腸(はらわた)をおさめてくれるものは猛練習しかあるまい。幸いにも学年が一つ上がり、一年生が担う雑務から解放され、多少の心の余裕が生まれていた。


 そして、私には明確な方針もあった。それは昔オリンピックのメダリストを多数育て上げたリディアードシステムだ。昔の人が夢に見しと侮るなかれ。リディアードの指導した選手は1500mでは3分40秒を切り、5000mでも13分半前後を記録している。現代のトップランナー達と比べても決して遜色はない。リディアードシステムを用いて我いつの日か中原に覇を唱えん、そう心に刻み込み、帽子のつばにも「我いつの日か中原に覇を唱えん」と記していた。


 リディアードシステムは単純明快である。中長距離走で必要なのはスピードではなく持久力、無酸素能力ではなく有酸素能力、有酸素能力を養うために、とにかく疲れ切らない強度でたくさん走れば良いのだ、単純な話だ。


 週に250㎞から300㎞のトレーニングをすれば、自分も5000m13分台を出せるはずだ。やってやれないことはない、やらずに出来るはずがない、俺がやらねば誰がやる、今やらねばいつできる、そんな気持ちが私の胸の中には渦巻いていた。


 幸いにも、今年からは息の良い新入生も入ってきた。その名は深澤哲也、ジャングルからそのまま連れてこられたかのような野生感のあふれるワイルドな男、練習相手にはちょうど良い。



その2か月後



 夏合宿の全練習を故障なく消化し、思う存分に走り込むことが出来た。いよいよここから逆襲だ。今に見ていろよ、私は胸に期すものがあった。今日は夏合宿の成果を試す記録会だ。まだ暑さは残るが記録が出ないような暑さではない。先輩方も大半が出場する。京都府高校駅伝のメンバー争いに向けて幸先の良い滑り出しを見せようぞ。


 号砲が鳴る、皆が一斉に飛び出す、とにかく前半は集団の流れに身を任せ、いけるところまで1㎞3分ペースでいって、あとは折をみて集団から飛び出せば良い、私はそう思っていた。


 熱気の立ち込めるトラックでは熱中症対策の一環として扇風機が設置されていた。しかし、吐き出される空気は単なる熱風である。私は走る前に氷をいくつかランシャツの中に入れて、スタートしていた。1000mも行かぬ間にすべての氷が溶ける。


 1000mの通過2分59秒、しかし、体がおかしい。どうにもこうにもおかしい。体が重く、力が入らない、私はズルズルと後退し、しかしやめる訳にもいかず、とにかく必死に前に進んだ。監督はもう私の走りには一切目もくれずに先頭集団をずっと目で追っていた。その視界に入らないくらい先頭集団から離れて、私は一人走っていた。


 16分32秒


 人生のワースト記録、自己記録の14分43秒を大きく下回る記録であった。あの夏の苦しみはなんであったのだろうか?


 筋肉痛に顔をゆがめながら、1日に40㎞、50㎞と走り込んだあの日々は一体何であったのだろう?


 自分よりも練習した人は一人もいない、にも関わらず、このていたらく。無情の涙がほほを伝う。いやしかし、俺のやってきたことが無駄になる訳ではない。こんなところで落ち込んでも仕方がないではないか。


 私はそう自分に言い聞かせて、なんとか気持ちを奮い立たせた。


 十月十四日、京都ジュニア、私は各校から三名しか走れない枠に入り、栄えある洛南高校の選手としてスタートラインに立った。昨年は十四分台を記録し、人生で初めての十四分台を記録した私にとっては縁起の良い試合でもあった。


 号砲が鳴る、選手が一斉に飛び出す。わが校のエース太田翔が前に飛び出す。私は8番手あたりにつけた。トラックの内側、ゴールタイマーのあたりに立命館宇治高校の監督荻野由信先生がいらっしゃる。


「池上、左ひじをもう少しコンパクトに振れ」


 荻野先生から有難いアドバイスを頂く。私は軽く左手を上げて聞こえていることを伝えた。


 しかし、やはり体が思うように動かない。2000m手前から私は早くもズルズルと後退をし始めた。


「おかしい。どうしてだろう?」


 そんな疑問を抱えながらもとにかく必死に歩を進める。だが、体は燃料切れの飛行機のように動かなくなっていた。


15分32秒


「疲労がぼんぼんぼんか」


 レースが終わって監督のところに挨拶にいくとそれだけ言われた。


 肩を落としながら、深澤と一緒にダウンジョグに行く。


「落ちるところまで落ちたから、あとは上がるだけやな」


 私は可愛い後輩の前でそう気丈に振舞った。


 前年は壮絶なメンバー争いを勝ち抜いて私はメンバーに入った。14分43秒を記録した5000mであと5秒遅ければ、メンバーには入れなかったかもしれない。そんな壮絶な戦いを制して京都府高校駅伝と全国高校駅伝のメンバーに入った。生き馬の目を抜くような争いの中で、この記録がどのような意味を持つのか、私も痛いほど知っていた。


 あのひと夏の頑張りは一体何だったのだろう?


 全身が筋肉痛に見舞われ、頭がふらふらするような日々に耐え忍び、毎日毎日気力を振り絞り、練習が休みの日にも練習に明け暮れて猛練習したあの日々は一体何だったのだろう?


 私はどのような顔をして家に帰れば良いのであろう?


 私はこの年から親に感情を悟られないように嬉しい時も悲しい時も感情を家では出さないようにしていた。話もほとんどしなくなっていた。些細な言動の違いで、親に心配をかけたくなかった。家では、ほとんど話さず、笑わず、泣きもせず、落ち込まず、ただただ無表情と無言を基本としていた。


 家に帰って父がテレビをつける、歌謡曲が流れていた。坂本九さんの「上を向いて歩こう」だった。


「上を向いて歩こう

涙がこぼれないように

泣きながら歩く

一人ぽっちの夜」


 その調べを聴きながら、私の視界はぼやけてきた。


「男がなんで泣くものか」


 私は意志の力で涙を顔面の奥底にねじ込んだ。だがしかし、心の中を吹き荒れる寒風だけはどうにもならなかった。その音はうなりをあげて吹きすさんでいた。


 この16歳の傷ついた少年の想いをするような人を一人でも減らしたい、それが私の願いで、今のお仕事をさせて頂いております。では、この16歳の少年は何を誤っていたのでしょうか?


 いくつかの点があります。


 先ず第一に、持久力とは何かを理解していなかったことです。というよりも持久力には基礎的持久力と特異的持久力の二種類があるということを理解しておりませんでした。1㎞4分ペースなどの5000mのレースペースよりも1㎞あたり1分も遅いペースで養えるのはレースの結果に直結する特異的持久力ではなく、基礎的持久力です。


 この点を理解していませんでした。


 そして、具体的に基礎的持久力を養う方法論についても正確には理解していませんでした。基礎的持久力を養うには確かに、リディアードが主張するように疲れ切ってしまうような強度ではなく、ある程度余裕のある強度でなければなりません。


 しかしながら、やはり量だけではなく、ある程度強度という観点が見逃されてはならないことを理解していませんでした。確かに、無気的代謝を使わなければならないほど強度が高くなるべきではありませんが、少なくとも量が全てではないということは理解していませんでした。


 そして、これが最大の要因でしたが、超回復と恒常性維持機能の関連性、つまり人間の体がある刺激に対して適応する過程というものを理解していませんでした。


 リディアードの本には無酸素ランニングに陥らないのであれば疲れ切ることはない、10歳の少年に週に160㎞走らせても疲れ切ることはないと書いてありましたし、リディアードの選手は週に250㎞から300㎞走ると書いてありましたし、リディアード自身も週に80㎞から500㎞までの様々な距離を試してみたと書いてありました。


 それで、無酸素ランニングにさえならなければいくら走り込んでも大丈夫だと思っていたのです。


 ちなみにですが、超回復と書くと「あー、なるほどね。1日頑張ったら48時間から72時間休まないといけないっていうあれね」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、それは誤りです。


 必ずしも1日頑張ったら、48時間から72時間は軽めの練習を組まないといけない訳ではありません。そう杓子定規にはなっていないのです。


 ですが、とにかく全体で見た時に、練習の負荷と回復を比較したら回復が上回っていないと走力は向上しないのです。負荷の方が上回り続ける状態が続くと走力が低下してしまいます。それを全く理解せずに、とにかく体の限界に挑戦し続けた日々でした。


 これが大きな大きな過ちでした。


 まとめると、そもそもトレーニングの効果も理解していなかった、適切なトレーニング強度の求め方についても理解していなかった、適切なトレーニングの総負荷についても理解していなかった、そういった理解の不足というものが、本当に京都では俺ほど走り込んだ奴はいないというくらい走り込んだ結果、はるかに練習量で劣る選手たちを前に涙を呑むという結果になったのです。


 もしかして、同じような思いをされている方はいらっしゃらないでしょうか?


 とにかく、走り込みに走り込んだのに、思うように速くならないどころか、大幅に遅くなってしまったという経験をされた方は?


 あるいは、これから頑張ろうと思っているから、同じような思いをしたくないという方は?


 そんな方に是非受講して頂きたいのが、土台作り研究という講義です。ここからは売り込みになってしまいますので、そのつもりでお読みください。


 良いでしょうか?


 心の準備は出来ていますか?


 では、紹介させて頂きましょう。こちらの講義で解説させて頂いているのはそもそも、長距離走、マラソンが速くなるというのは生理学的にはどのような変化が生ずるのかということを解説させて頂いています。


 先述の通り、有酸素ランニングによって、有気的代謝が向上すると走力が向上するというのは事実ではあるのですが、高校生の時の私は認識が甘かったです。もっと詳しく、具体的に有酸素能力とは何か、無酸素能力とは何か、どのくらいの走行速度において有酸素能力と無酸素能力をどのくらい使うのか、どのくらいの感覚で練習すれば良いのか、そういうことを理解しておりませんでした。


 さらに、恒常性維持機能や超回復理論に対する理解も甘かったです。つまり、どのくらいの強さの負荷をどのように強弱をつけながら体にかければ、走力が向上するのか、ということに対する理解の仕方が甘かったので、練習を頑張れば頑張るほど体は破壊され、走力が低下するという現象に見舞われました。


 ちなみにですが、これは休む時は休む、つまり週に1回は休むというような単純な解決策は通用しない問題です。もっと、本質的に人間の体がどのようにして刺激に対して適応するのかを理解していなければなりません。


 それからもう一つですが、当時の私が知らなかった、結果を出していた高校生たちの具体的な夏場の練習、つまり土台作りの時期の練習のやり方も参考としてお見せさせていただきます。


 とは言え、あなたが知りたいのはトップ高校生の練習ではなく、あなたがどういう練習をすれば走力が向上するのか、つまり市民ランナーの方がどのような練習をすれば速くなるのかということだと思います。


 ですので、上記のような理論から成功している競技者の例も踏まえつつ、市民ランナーの方の成功例を一般化して、つまり成功している市民ランナーさんの土台作り練習の最大公約数的なものもお伝えさせて頂きます。


 せんじ詰めれば、高校生の時の私自身に教えてあげたかった講義動画がこちらの「土台作り研究」です。


 こちらの講義を受講して頂いて学んだ知識を実践していただくことであなたが得られるメリットは以下の通りです。


・中長距離走、マラソンが劇的に速くなる


・効率的努力が出来るようになる


・疲れにくく、故障しにくくなる


・若返る


 これだけの内容が詰まった講義動画がたった11000円の投資で受講して頂けます。受講手続きはとても簡単で、お支払い方法をクレジットカード、ペイパル、アリペイ、グーグルペイ、アップルペイよりお選び頂き、講義をお届けさせて頂くお名前とメールアドレスをご入力下さい。


 お申込み頂きますと、すぐに自動送信メールでご入力頂きましたメールアドレスの方に講義が届きますので、文字通り10分ほどで講義がお手元に届きます。


 さて、最後にここまで言っても「巷にあふれる情報となんら変わらなかった。全然役に立たないじゃないか、どうしてくれるんだ、ええ?」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。


 万が一、そのようなことになれば全額返金させて頂きましょう。こちらをクリックして、問い合わせページに入り「土台作り研究全額返金希望」と書いて送信してください。理由を問わずに喜んで全額返金させて頂きましょう。


 ですが、そのようなことにはならないでしょう。他の受講生様の半分程度の満足度でも絶対にご満足していただけるのですが、いかがですか?





池上秀志って誰?という方へ

 中には私の講義をまだ受講されたことがない方の中には池上秀志って誰?本当に信頼できる人?と不安に思われている方もいらっしゃるかと思います。実際に、私はオリンピックに出たこともなければ、日本記録を作ったこともありません。ですので、改めて自己紹介をさせてください。


 私の名前は池上秀志(ひでゆき)、1993年12月27日に京都府亀岡市に生まれ、駅伝の盛んな地域であったこともあり、亀岡市立亀岡小学校時代に他の友達と一緒に駅伝大会に出場したのが、長距離走との出会いでした。


 本格的に陸上競技に取り組むようになるのは亀岡市立亀岡中学校時代で、そこで全国大会出場者や入賞者、日本一になった選手も多く育てあげられた神先宏彰先生の薫陶を受けることが出来、初めての全国大会となる都道府県対抗男子駅伝に京都府代表として出場し、区間賞を獲得することが出来ました。


 高校は名実ともに日本一の陸上競技部である洛南高校に進学し、京都府高校駅伝は3年連続区間賞、チームも3年連続で優勝し、全国高校駅伝も3年連続で走らせて頂きました。全国駅伝では都道府県対抗男子駅伝と合わせて高校3年間で通算20人を抜きましたが、トラックでは結果を残すことが出来なかったため、勉強で京都教育大学に進学しました。


 大学の4年間はほとんど1人で自分で勉強をしながら練習をしていたのですが、その時に当時の関西歴代4位のハーフマラソン63分09秒を記録し、高校時代は高校の100傑にも入れなかったのが、日本ランキングの69位に入ることが出来ました。そこで、一人で練習をして記録を伸ばすことの面白さ、難しさ、コツというようなものを掴むことが出来ました。


 大学卒業後はドイツ人コーチのディーター・ホーゲン氏に師事するようになり、プロランナーとして走っており、大阪マラソン2017では日本人トップの2位、その年の日本ランキング42位の2時間13分41秒を記録したりもしましたが、全体的には思うような結果は残せず、2019年限りでスポンサー契約を失い、2020年に「オンラインに存在するランナーの為の日本一の学び場」をスローガンに現在のウェルビーイング株式会社を創設致しました。


 過去5年間でのべ1万人の方にご利用いただき、多くの市民ランナーさんのお悩み解決、目標達成、夢の実現のお手伝いをさせて頂いてきました。


 多くの方から「日本一の学び」「ここでしか学べない質の高い学び」「マラソンだけではなく、仕事や子供の教育にも使えてまさに池上教信者です」などのお声を頂いております。


 私自身は中学校社会科、高校の地歴公民の教員免許を取得しており、長距離走、マラソンに関する真理を分かりやすく伝えることに誇りを持っております。あなたのお悩み解決、目標達成、夢の実現のお手伝いもさせて頂けますと幸いです。


 また、ついでに我が社ウェルビーイング株式会社についても少し紹介させて頂きますと、副社長には私の洛南高校陸上競技部時代の1つ下の後輩の深澤哲也を引き抜いてきておりまして、彼は京都府高校駅伝で5区区間賞に輝いているものの、高校卒業後は8年間全く走っておらず、煙草も吸い、5㎞ジョギングだけで全身筋肉痛みたいな状態でしたが、そこからフルマラソン2時間28分まで記録を伸ばし、さらに滋賀県の中学生を指導し、4年間で滋賀県チャンピオン4人、日本一1人を育てあげました。


 また、わが社の黎明期のお客様でわが社のオンラインスクール受講後にフルマラソン3時間16分から2時間32分まで記録を伸ばされた榮井悠佑さんという方がいらっしゃるのですが、榮井さんも消防のお仕事を辞めてわが社に入社してくださり、市民ランナーさん一人一人の気持ちに寄り添いながら指導をして下さっています。


 また、ランナーの為の体幹補強に関しましては、主婦、学生、一般の会社員からインターハイチャンピオンや日本代表選手まで幅広く指導されている体幹トレーニングのインストラクターSyokoさんに担当していただき、皆様の体づくり、ブレない体幹、安定した走りを作るお手伝いをして頂いております。


 他にも、中学時代1500mの千葉県チャンピオンに輝き、大学でも東海インカレで2位、名城大学の2年連続日本一をマネージャーとして陰から支えた斎藤晴香さん(旧姓早乙女)、中高時代に3000m9分半で走っていた長谷未生菜(旧姓高田)など盤石の布陣でサポートさせて頂いております。


 わが社が続く限り、社員一同力を合わせてあなたのお悩み解決、目標達成、夢の実現に向けたコンテンツを作り続けさせていただきます。


 あなたもこの機会に、あなたが走り始めた頃には想像もできなかった高みへと一歩踏み出していただきたいのですが、いかがですか?





よくある質問とそれに対する回答 

質問:私はまだフルマラソン4時間半なのですが参考になりますか?


回答:はい、参考になります。寧ろとても参考になります。フルマラソン4時間半のところから記録を伸ばしていこうと思われた場合、1にも2にも3にも大切になるのが土台作りです。まずはここの部分が出来ないと先のステップに進むことが非常に難しいです。非常に参考になる内容と考えてください。


質問:YouTubeに公開している無料の情報と何が違うんですか。


回答:一言でいえば質が違います。どちらも市民ランナーさんのお悩み解決、目標達成、夢の実現のお役に立てるようにという観点から情報発信をさせていただいておりますが、YouTubeの方がより基礎的で初めに知っておくべきような基本事項、有料の講義の方が有益性が高く、全体構造についてもきちんと解説しており、あなたが学んで実践し、結果につながるように情報整理、情報分析、実際に結果が出る戦略と戦術の立案までを池上がさせていただいております。


質問:そんなに結果が出るのであれば何故そんなに安いんですか?


回答:長距離走、マラソンで本当に潜在意識を全て発揮しようと思えば、先ずは人文科学的観点及び生物学的観点から人間というものを理解し、次にトレーニング、リカバリー、心理学について理解する必要があり、そこからトレーニングをさらに細分化して理解してと理解すべきことは非常に多くあります。本講義動画はトレーニングの中の土台作りというテーマに絞って解説をさせて頂いているものです。


 従いまして、ウェルビーイングオンラインスクール(15万円)などと比べると格安になっております。


質問:私は頭が悪いのですが、私でも理解できますか?


回答:最低でも義務教育卒業レベルはないと厳しいです。ただし、本ブログ記事をここまで問題なく読める方であれば、先ず問題ないです。寧ろ、ほとんどの方は本ブログ記事をここまでお読みになられないです。



質問:講義はどこで観られますか?


回答:オンラインに限定公開しておりますので、お申込み下さった方にはそのURLをお渡しさせて頂きます。


質問:支払い方法は何が使えますか?


回答:クレジットカード、ペイパル、アップルペイ、グーグルペイ、アリペイ、銀行振込よりお選び頂けます。クレジットカードとペイパルをお選び下さった方には自動返信メールで、銀行振り込みをお選びいただいた方にはお振込みを確認次第、手動でメールにて講義をお届けさせて頂きます。


質問:講義はどこに届きますか?


回答:お申し込みの際にご入力いただいたメールアドレスの方にお送りさせて頂きます。


質問:分割払いはいけますか?


回答:いけます。こちらをクリックして問い合わせページに飛び「土台作り研究分割払い希望」とご入力の上、送信して下さい。


質問:倍速再生は出来ますか?


回答:出来ます。


質問:本当に満足出来なかったら全額返金してもらえますか?条件などはありますか?


回答:最後までご視聴頂いた上でご満足いただけない場合は理由を問わずに返金致します。あなたの不満足が返金の条件です。返金希望の場合はこちらをクリックして、問い合わせページに入り「土台作り研究返金希望」とご入力の上、送信して下さい。


質問:講義で分からないところがあれば質問できますか?


回答:はい、出来ます。受講生様には講師である池上の個人メールアドレスをお渡しさせて頂きますのでそちらよりご連絡下さい。


質問:講義はいつまで観られますか?


回答:一度お申込み頂きましたら、一生ご利用頂けます。



 
 
 

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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

© 2020 by ウェルビーイング株式会社

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