プロランナーの生活ってどんな感じ?ケニア編

ジャンボ!池上です。

今回はプロランナーの一日が大体どのようなものなのかということを、簡単に書いてみたいと思います。ちなみに先に申し上げておきますと、私がプロランナーという場合には実業団の選手も含みます。確かに税法上は会社員なのですが、一般の入社試験を受けて入った人がたまたま陸上をやっているわけではなく、初めから陸上で入社している人たちで業務も一般の社員とは完全に別なので、私の中ではプロという括りとしています。

 ちなみに現在私はどのような扱いになっているかというと少々状況が変わって来ています。去年まではスポンサー収入とレースでの招待料や賞金だけで生計を立てていたのですが、コロナ不況のあおりを四月から契約が決まっていた会社もくらい、現在宙吊り状態です。そして、みなさんご存知の通り賞金のあるレースは軒並み中止となっていますので、現在の私の収入はウェルビーイング株式会社からの役員報酬と独語、英語の翻訳からの収入がある状態です。走るのも会社経営も楽しませて頂き、不満はないのですが、プロと言えるかどうかは微妙なところです。

閑話休題。今回は私がKimbia Athleticsの一員として、ケニアはイテンにありますトレーニングキャンプにいた時の生活を少し書いてみたいと思います。イテンという街は陸上競技のメッカで、標高2400m、人口4000人でランナー1000人という街です。主な産業は農業とランニングでおそらく現金収入の大半はランニングから得ているというとんでもない町です。最近でこそ、高校卒業率も上がって来ていますが、今30歳を超えている選手は高校も卒業していない人も珍しくなく、非常に貧しい農村です。

ところが、そんな農村の中にも年収数千万円に到達する世界の超一流選手たちが集うのがこの町です。もちろん、それはピラミッドの頂点の人だけなのですが、それにしても日本人の感覚からはちょっとイメージしにくいと思います。ケニアの平均年収は40万円程度で、日本人の約10分の1です。そこでの数千万円はおそらく数億円の価値があると思いますが、基本ぼっとん便所で、お湯のあるシャワーがある家は良い家庭、ほとんどが共同トイレと共同シャワー(といっても囲いがあって穴が空いてるところがあって、水を自分でかぶるだけ)という町にごく一部何人かの億万長者がいるという感じです。日本で言えば「今日はがら暑いで、畑仕事もえらいで(今日はとても暑いので、畑仕事も大変です)」とかいってる人が、年収一億円みたいな感じです。ちなみに、実績で誰が稼いでるかはなんとなくわかるのですが、稼いでいる選手もみんなトレーニングキャンプに入って慎ましやかに暮らしているのがこの町の人々です。

それでいながらケニアという国は汚職がはびこり、大統領の年収と国民の平均年収の差が世界で最も大きい国の一つで、政治は腐敗しきっています。役人、民間問わず、金さえ払えば大体なんでも解決できてしまうというカオスな国がケニアです。お巡りさんも賄賂目当てで不当に呼び止めてるんじゃないかという状況に私も何度か遭遇しました。初めから賄賂目当てのはなんとなくわかるのですが、千円払って拘留を免れるなら結局千円払ってしまいます。

私もそんな町でアラン・キプロノ、レイモンド・チョゲ、スレイマン・シモトワの三選手と共同生活を送っていました。3人とも元コーチホーゲンの選手で、私がキャンプ在籍時はアラン選手のみがコーチホーゲンの下でトレーニングを積んでおり、後の二人はすでにKimbia Managementを離れて、他のマネージャーの下でトレーニングしていました。私とアランさんの家賃や光熱費のみコーチホーゲンが支払い、後の二人は自費滞在でした。そして、コーチホーゲンの教え子の中でも優秀な成績を残した選手の一人ラーニー・ルット選手がキャンプのすぐ近くに住み、家にいる時間よりもキャンプにいる時間の方が長かったです。

私たちのキャンプはユーチューブでも紹介され、しばしば外国人が覗きに来ます。ラーニーさんからも金髪美女とのツーショットを見せてもらったことがあります。


さて、そんな私たちの一日ですが、ほとんどスケジュールは固定で、下記のようなスケジュールとなっています。

月、火、木

7時 起床

7時半 朝食:チャイ、ムカテ(パン)

8時半 トレーニング

10時半 帰寮、シャワー、リラックス

12時 昼食準備

13時 昼食(コメとジャガイモとトマト)

14時 リラックス、昼寝

17時 ジョギング

18時 シャワー、チャイ

19時 夕食準備

20時 夕食(ウガリ(トウモロコシの粉をふかして固めたもの)、スクマウィキ(ほうれん草みたいな葉物)、牛乳)

21時 就寝

月曜日、火曜日、木曜日はだいたい強度の高い練習が入っているので、朝起きてすぐに練習ということはありません。メニューは月曜日はマンデースペシャルと呼ばれる20−21kmの起伏のあるコースでの持久走、これが結構きつくて100人以上でスタートしても最後まで集団に残るのは数人です。火曜日はトラック、木曜日はファルトレクという流れが多いです。

水、金

5時45分 起床

6時 トレーニング

7時半 シャワー、朝食準備

8時 チャイ、ムカテ

8時半 リラックス、昼寝(朝寝?)、買い物、洗濯など

12時 昼食準備

13時 昼食(ご飯、ジャガイモ、トマト、たまにチャパティ)

14時 昼寝、買い物、洗濯、マッサージなど

17時 ジョギング

18時 シャワー、チャイ、夕食準備

20時 夕食(ウガリ、スクマィキ、牛乳)

21時 就寝

土曜日

5時 起床

5時半 ピックアップトラックに乗って練習場所に移動

5時50分 到着、ウォーミングアップ

6時10分 ロングランスタート

8時半 トレーニング終了、着替え、水分補給、軽食、ピックアップトラック乗車

9時 帰寮、シャワー、朝食準備

9時半 朝食(チャイ、ムカテ)

10時 昼寝と随時順番にマッサージを受ける

この日はマッサージを受けた人から帰宅

日曜日

家に帰って家族と過ごし、日曜日の夜か月曜日の練習に間に合うように帰寮

 だいたいこんな感じの流れで、一日が動いていきます。基本的に洗濯や炊事も自分たちでやります。上下関係はないので、炊事は交代でやることが多いですが、自分のものは自分で洗濯するか、もしくはお金を払ってそういう仕事の人に頼みます。

 ちなみに私がケニア人と生活していて一番ストレスになったのは、彼らの騒音です。私も決して静かな方ではないのですが、ケニア人は基本的にやかましいです。社交的な人が多く、おしゃべり好きなのと音楽好きな人が多いからです。そして、彼らの音楽は明るい感じの曲が多いんです。ロックともまた違います。これは歴史的な背景からくるもので、アフリカやアメリカの黒人の人たちは、長く奴隷として欧米人達に虐げられ続けて来ました。奴隷というのは基本的に資産の所有を認められず、外界へのアクセスもなく、字も読めません。そんな環境の中で彼らが求めたのが歌と踊りとおしゃべりと神への信仰(死後の世界)です。そんな訳で基本的に明るく、そしてやかましいです。よくケニア人はハングリー精神を持っていると言われますが、ケニア人のハングリー精神は日本人が思い浮かべるものとはちょっと違います。確かに厳しい環境の中で、頑張り続ける能力は非常に高いのですが、日本人のように「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、薪に枕し、肝を嘗めても志を遂げん」という感じではありません。一言で言えば「気にしない精神」です。苦しいことや困難に直面しても、気にしないというイメージです。その能力はおそらく日本人が自分の意志を持たずに協調性を持って、言われるがままに権威者や多数派に従う能力に匹敵します。もうこれはおそらく何世代にも渡って彼らの血の中に流れている能力であり、リスク覚悟で挑戦し続ける個人事業主の資質にぴったりだと思います。

 変な話ですが、ケニア人も小我を超えた大我があるのではないかと思える時があります。失敗しても成功してもとにかくトレーニングキャンプに入って、トレーニングし、挑戦し続ける、ケニア人といえども陽の目を浴びない選手がほとんどなのですが、全員が同じように何年もトレーニングし、キャンプで節制していればそのうちの数%かは必ずお金を稼ぎます。そして、その数%の稼ぎでキャンプを運営し、皆んながトレーニングし、また数%が活躍し、お金を稼ぐ、そういったサイクルが自然発生的に出来ています。イテンでは成功し、大金を稼いだ選手がキャンプを運営し、他の選手のサポートをするのは暗黙の了解です。これはやっぱり全体で見た時に、底辺が拡大すればするほど、頂点は高くなります。稼げるのが一部のトップ選手だけに限られているからといって、他の選手は農業でもしていた方が良いのかと言えば、決してそうでもない、頂点にいる自分たちもかつては底辺にいたし、底辺が大きいからこそ、頂点も高くなる、そんなことを肌で理解しているのではないかなと思います。

 大東亜戦争での日本人の戦いぶりや高度経済成長、バブルを支えた日本人の働きぶりにも小我を超えた大我の存在を感じますが、ケニア人と日本人には色々マラソンやロードレースに向いている気質があるのかもしれません。

 とは言うものの、内容の無いような話をするよりも一人で本を読んでいるか、寝てるかしている方が良いという私には少々厳しい環境でした。ちなみに向こうから見てもやはり私は「自己中な男」だったようです。それで何か問題があるということもなかったのですが、馴染めなかったのも事実です。ただ、それでも極東から赤道直下の農村に行き、ぼっとん便所に電気冷蔵庫も電気洗濯機もないところで、炭で火を起こしてウガリを作り、先輩方に気に入ってもらえる茶葉の量と砂糖と牛乳の分量を覚えてチャイを作り、時には先輩方のマッサージをしているうちに受け入れられていきました。ちなみに洛南高校で先輩のマッサージをし続けた私の腕はケニアでもなかなかの評判でした。

 という訳で、今回はプロランナーの暮らしに迫ってみました。一言でプロランナーといっても世界中にたくさんの選手がいて、みんなそれぞれ違う暮らしをしています。次回はまた別のグループでの一日を紹介してみたいと思います。この記事を気に入っていただけましたら、メルマガ登録の方宜しくお願い致します。

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