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川内優輝さんから学ぶ粘れる走り方の作り方

 本日のMGCはご覧になられていましたか?


 ご覧になられていた方も興味がなかった方もいらっしゃると思いますが、今回は皆様にも参考になるであろう内容をお届けさせて頂きますので、是非最後までお読みください。


 まず、ご覧になられていなかった方の為にレース展開を紹介させて頂きますと、スタートしてから川内優輝さんが1キロ3分を少し切るくらいのペースで1人飛び出し、それ以降の集団は1キロ3分ちょっとのペースを刻んでいきました。


 中間点以降、ずっと第二集団が川内さんに追いつきそうで追いつかないという展開が続いていましたが、33,34キロくらいで第二集団が川内さんに追いつき、そこからしばらく川内さんも集団の一番後ろにつき、7人の集団でレースが進んでいましたが、39キロ手前で小山直城選手がスパートして優勝しました。


 今回は川内優輝さんから学ぶ粘りの走りを作る方法ということですが、そもそもの話をすると、何故川内さんがスタートから飛び出したのかは全く分かりません。これは否定的な意味で言っているのではなく、何故ああなったのか、純粋に分かりません。


 というのも、初めから自分のリズムで行こうと決めていて、結果的に自分のリズムで行ったら後ろがついてこなかったのか、それとも初めから集団から一人飛び出していこうと決めていたのか、あるいは集団が1キロ3分を少し切るペースならついていく、集団が1キロ3分を超えるペースで行くなら自分で飛び出すという風に何パターンか想定していたのか、それは私には分かりません。


 分かりませんが、一つ言えることはスタートから飛び出すことはリスクが高いということです。


 何故リスクが高いのかと言うと、先ず第一に物理的な影響としては集団の後ろや真ん中にいた方が風や雨の影響を抑えることが出来ます。風や雨と書くと風向きが影響するように思われるかもしれませんが、追い風以外は全てマイナスになります。


 何故なら、自分が空気の塊にツッコんでいっているからです。空気抵抗というのはそういうものです。ですから、無風でも人の後ろについた方が有利なのです。


 それから、心理面としてやはり自分と同じペースで走っている人がいた方が余分な力を抜きやすいです。このペースで大丈夫という心理的な安心感があるので、力を抜きやすいのです。走っている時というのは、アクセルを踏みながら同時にブレーキを踏んでいる状態です。


 この時に、先頭で1人で走っていると自分でペースを作らないといけないので、アクセルをこのくらい踏んで、その上でブレーキを最小限にしてと考えることになりますが、後ろについていたら、人のペースに合わせて自分は力を抜くこと=ブレーキを最小限にすることに全集中出来ます。


 また、意外と大きいのが聴覚の問題です。集団で走っていると、皆の足音が物凄く聞こえます。このリズムは人によって異なるもののだいたいは1分間に190前後です。だいたい皆同じくらいのリズムを刻んでいるので、リズムに乗りやすいのです。


 走るというのはリズム運動です。絶対に接地の時に力が一番入り、必要な力が入ったらあとは最大限に脱力することが求められます。この筋肉の弛緩と緊張を最も効率よく行うことが求められる訳ですが、この時に皆で走ると聴覚からの情報により、この弛緩と緊張のリズムが作りやすい=最大限に力を抜くことが出来ます。


 自転車で伴走してもらうよりも人と走った方が走りやすいという人がよくいますが、それはこの聴覚情報と視覚情報による影響でしょう。


 そんな訳で、スタートから独走で優勝するというのは非常に難しいです。私の記憶にある限りで言えば、大きな大会でスタートから独走で優勝したのは1987年福岡国際の中山竹通さん、同じく1986年かそのくらいにソウルであったアジア大会で優勝された中山さん、2008年のサムエル・ワンジル選手の3人だけです。


 前回のMGCでも設楽さんがスタートから一人で飛び出されました。直前の5000m3本では3本目を13分台で走られたとの情報も私の情報網に引っかかっており、調子は非常に良かったようです。


 ただ、スタートして、正直ちょっと動きが硬いかなとは思いました。スムーズに自分のリズムで行ったというよりは、初めからその日の体調や気温に関係なく1キロ3分ペースで行ったという感じでした。


 こうなってくると、多少苦しくても1キロ3分ペースに合わせていきますし、そこから遅れてくるとなおさら1キロ3分ペースに戻そうともがいてしまいます。


 要するに、余分な力が入りやすいのです。設楽さんのような超一流選手と言えども、そういった要因とMGCという独特の雰囲気が作り出した緊張というものが多分にあったのではないでしょうか。


 一方の川内さんは安心してみていられました。走りがスムーズで力みが見られなかったというのも理由の一つですが、それだけではなく、川内さんの場合はペースを落とすタイミングが上手いのです。


 川内さんが今回どんなレース展開を思い描いておられたのかは私は分かりませんが、過去のレースを拝見させて頂いて、先頭集団が1キロ3分ペースで行くのについていって、早めに離れて終盤に巻き返すというパターンが非常に多いのです。


 今でこそだいぶサブ10ランナーの数が増えていますが、私が2019年にオーストリアのヴィーンマラソンに出場した際には、2時間10分を切ったら、日本で歴代100人目でした。つい最近までそのくらいの人数しか2時間10分を切れていなかったのです。


 それでもほぼ全員の実業団選手が1キロ3分ペースで行くので、色々な選手に「それならスタートからずっと一人で15分20秒前後刻んだらダメなんですか」と聞いてみたのですが、例外なく返ってきた答えは「いや、さすがに42.195キロを一人で行くよりも多少速くても集団についた方が良い」というものでした。


 それでだいたい皆ついていけるところまでついていって、後半はヘロヘロになって帰ってくるというパターンが大半でした。ちなみに、2019年の私も2時間10分切りのペースメーカーについて30キロまでいって、最後はヘロヘロになって2時間15分でゴールしました。


 ところが、川内さんは早めに離れて後半をきっちりまとめて帰ってこられることが多かったんです。20キロくらいまで1キロ3分ペースで行って、そこから遅れても後半を自分で1キロ3分10秒ペースでまとめて2時間10分前後とか、前半がそれより遅いか後半がそれより少し遅いかで2時間13分前後で帰ってくるというパターンが非常に多かったんですね。


 今回は逆で、集団につくのではなく、自分で1キロ3分くらいのペースで20キロを通過されているので(60分10秒、厳密に言えば15キロから1キロ3分5秒ペースに落とされている)、後半集団が追いついたらこのまま行くんだろうなと思っていました。


 ただ、私の中で一つ懸念材料としてあったのは、というか見ていて思ったのは、15キロ以降ちょっと動きが間延びし出したことです。いつもの川内さんは早めに離れてストライドを短くしてためるような走り方に変えて、でもピッチは最後の最後まで落とさず、足を一回休ませて、それで最後までもつれたら中本健太郎さんとの一騎打ちになった別府大分毎日マラソンのようにストライドを伸ばしてラスト1キロを2分50秒くらいであがられます。


 それが厚底シューズのせいなのかどうかは私には判別がつきませんが、今日は15キロくらいから動きが間延びし出しました。


 このまま間延びし続けて、地面を蹴って力で走るようになったら大幅に失速するだろうなと思いましたが、そこはさすがマラソン130回目だけあってすぐに元のリズムに戻りました。


 という訳で、川内さんから学ぶ粘りの走りの一つ目の要素は、早めに離れるということです。これをアマチュアランナーの方にも参考にして欲しいのです。


 先日「何故オーバーペースはもったいないのか」という動画を出しましたが、一言でオーバーペースといっても本当に行けるところまでツッコんでいってうち上がってしまうのと、ある程度集団の力も借りて速いペースで前半走るけど、早めに離れるのとでは違います。


 また、例えばサブ3を目標にして、サブ3の為の練習をしてきたけれど、レース中にやっぱりきついとなることもある訳です。この時に、早めにペースを落とせばサブ3は出来ないかもしれないけれど、そこそこのタイムで帰ってこられることもある訳です。


 これは自己ベストが3時間10分とかの方がいきなりサブ3を狙う場合には特に重要となる考え方です。


 何故なら、サブ3が出来なくても3時間2分とか3分で帰ってくることが出来れば、自己ベストだ!ってその日はお祝いできますし、次のレースにも繋がるからです。やはり、サブ3出来ないとはいえ、自己ベストを大幅に更新して終わるのと、最後は大幅に失速して自己ベストすら更新できないのとでは本人の中で異なるものがあると思います。


 もちろん、本人がサブ3出来ないなら、3時間1分も3時間20分も同じだと、白か黒かで考えているのであれば、行けるところまで行けば良いでしょう。それは本人の価値観の問題ですが、一般論として早めに離れて最後はそれなりにまとめるというのも頭に入れておくと良いですし、練習でもこれは大切な考え方です。


 特に普通に仕事をしながら走っていれば、体調が良い日も悪い日も元気な日も疲れている日もあります。お酒を飲んでラン友さんに話すのは大抵調子が良い日の武勇伝でしょう。


 女の方は男のつまらない自慢話や武勇伝にうんざりしている方も多いと思いますが、どうもこれは病気なようで、私もなかなか治りません。特に好きな女性の前ではカッコつけたくなってしまいます。


 しかし、長期で見れば、体調が悪い日(風邪とかインフルエンザとかコロナまで行けば話は別、あくまでも疲れている日)の練習でもある程度のところでまとめることも重要です。トレーニング効果の積み重ねというのは大きいですから。


 冒頭で触れた中山竹通さんがマラソンをファジーに考えることの重要性を説いておられます。ファジーというのは、曖昧という意味です。私はこの中山さんの言葉を予め決めつけすぎるのではなく、状況に応じて柔軟に判断し、決断していくことだと捉えています。


 川内さんもその辺りの状況判断の能力というのは非常に高いものをお持ちなのではないでしょうか。


 もう一つの参考になる点は、走りを見ていて川内さんは特にマラソンレースペース前後の動きが洗練されているように感じます。


 私はこれまでも長距離走、マラソンにおける走技術を身につける最も良い方法はレースペース前後の練習を反復することだと述べてきました。


 その理由の一つに、同じ動きを反復すると神経回路がそれに対して経済的になっていくという人体の特徴があるからです。


 人間の体が動く時、脳から運動神経へと電気信号が流れます。そして、その運動神経の先には数百本の筋繊維がついています。そして、この筋繊維全てが同時に収縮します。筋繊維1本1本を収縮させたり、弛緩させることは無理で一本の運動神経についている筋繊維は全て同時に収縮したり、弛緩したりします。


 ですから、この一本の運動神経についている筋繊維の束のことを運動単位と呼びます。運動する際の最小限の単位だから運動単位です。そして、例えばですが、マラソンのレース中にはふくらはぎの運動単位の約4割が使用されていると言われています。


 マラソンという競技は短距離のように全力で走る訳ではないので、全ての運動単位を必要としません。そして、ある運動単位が疲れてきたら、別の運動単位を使うようになります。その運動単位が疲れてきたら、また別の運動単位を使います。


 走りが経済的になるとはこの運動単位を交代で使うというシステムが効率化されることでもあるのです。アルバイトと同じでシフト制なんですね。同じ人間ばっかり酷使していると疲れ切ってしまうから、上手いことシフトを回す必要があります。そして、レースペース前後の練習を積み重ねることでこのシフトの回し方が上手くなるんです。


 私が長距離走、マラソンに走技術はほとんど関係ないと主張するのはこれが大きな理由です。というのも、多くの人が走技術とか走り方とか言っているものは実は走技術じゃないんです。長距離走、マラソンで一番重要なのはこのシフトの回し方が上手くなることです。その為には、レースペース前後の練習量をオーバートレーニングや故障なく増やすしかありません。


 ところが、多くの人がランニング教室に行って動きづくりをやれば走るのが速くなると思っています。これが誤りなんです。中枢神経が運動単位を交代で使うというのは無意識のうちに行われる作業です。この作業を中枢神経に学習させるには実際にその動きを反復させないといけません。


 また、ランニング教室で色々なことを教えてもらって、その時は良くなったなと思っても、練習しているうちにやっぱりこっちの方が走りやすいとなることもよくあります。その場合は、やっぱりこっちの方が走りやすいと思った走り方が大抵は正しいです。


 それは中枢神経がこちらの方が楽だと学習した結果なんです。


 今は結構インスタグラムでも走り方のパーソナル指導とかをされている方がBefore Afterの動画を出されています。確かに、Afterの方が見栄えは良いです。ただ、本当にそちらの方が楽に走れるかどうかは分かりません。実際に、レースペース前後の練習量を増やしてある程度体に苦しいところを経験させないと体は経済的な走り方を学習しません。


 で、本当に川内さんはこのシフトの回し方が他の選手より上手いのかということですが、それは申し訳ないのですが、分かりません。実際のレース中に人間の体に起きていることは正確には分かりません。ただ、私が見た感じはそれが上手いです。


 特に、他の選手は速いペースの動きは上手いけれど、1キロ3分5秒や3分10秒になるとかなり動きが崩れていくというパターンが多いのですが、川内さんは1キロ3分ちょうどでも3分5秒でも3分10秒でも同じリズムで走られます。


 だからこそ、15キロを過ぎていったんリズムが間延びし出した時は心配したのですが、そのあとまた本来の動きに戻りました。


 という訳で、いつもいつも地道な練習の重要性ばかり説明して、結局今回も地道な練習の重要性になってしまって申し訳ないのですが、結局それが一番効率が良いです。


 余談ですが、川内優輝さんの場合は市民ランナー時代には練習量が少ない少ないと言われていましたが、1キロ2分55秒から3分20秒くらいまでの練習量がそれなりに多かったこととが結果に繋がったのではないかなと思います。


 私も起業してから市民ランナーの大会にも出るようになりましたが、かなりの強風だったり、カーブが多かったり、折り返しが多かったり、人を避けて走らないといけなかったり、起伏が激しかったり、色々な大会があって、タイムが悪くても結構体には負荷がかかっていたりするものです。川内さんもそういった経験を積み重ねてどんな時でも一定のリズムで走れる走りを作られたのかもしれません。


 あと、繰り返しになりますが、目標としているレースペース前後の練習が重要なのであって、決してレースペースの練習だけが重要なのではありません。インターバルとかする時に、目標とするレースペースを超えてくるとやる気がなくなるかもしれませんが、それも意味のある練習なので、多少遅くなっても良いから、なるべく力をためるような感じで走ってみようと意識してみて下さい。


 一番苦しいところのペースダウンが最小限に抑えられて上手く休むことが出来れば、最後はもう一度ペースを上げて終わることが出来ます。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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