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疲労骨折より6キロジョギングから始めて5週間で走った長野マラソン2時間27分25秒17位~練習とレースの振り返り~

皆さん、こんにちは。


 本日は長野マラソンに出場してきました。応援本当にありがとうございました。


 結果とラップタイムは以下の通りです。


16:47

17:10

17:29

17:36

17:48

17:36

17:37

17:46

7:36

2:27:25 17位


 結果に関しては、色々な見方があると思いますし、それはご自由に評価して頂ければ良いと思うのですが、とりあえず私の評価としては100点かなと思います。練習的には距離的にも質的にもほとんど出来ておらず、年明けから疲労骨折で2か月以上ほとんど走れていない状況の中で、5週間前から6キロジョギングからスタートしました。


 そこから少しずつ距離を伸ばしていったものの、初めは本当に走るだけできつくて、15キロ走り切るだけでもきつかったです。体幹補強だけはしていたので、体幹のブレなどはありませんでしたが、普通に脚がきつかったです。心肺機能の落ち具合も非常に大きく、同じ感覚で走っても1キロ30秒くらいペースが遅いというありさまでした。


 つまり、15キロ走や20キロ走をするだけでも後半脚が重くなり、心肺的にも同じ感覚で走っても1キロ30秒以上遅いという何をどうやっても、どうにもならない状態からのスタートでした。ここからどうやって戻したのかということですが、皆様に何度もお伝えさせて頂いておりますように、低強度走、中強度走、流しを組み合わせて徐々に徐々に苦しまずに走れる練習のペースと距離を伸ばしていくというそれだけです。


 具体的に言えば、ある程度の強弱は欲しいので、10キロの低強度走と流しの日と中強度走の距離を徐々に伸ばしていく日の二つを交互に入れました。初めは中強度走と言っても1キロ4分ペースを普通に超えるペースであり、脚的にも18キロ走や20キロ走がかなりきつかったです。要は、脚筋力がもたないという状態です。


 先日公開させて頂いた「マラソンサブ4の為のトレーニング」でも再三解説させて頂いておりますが、筋持久力がもたないとどうにもならないです。呼吸が楽でもそれ以上は走れません。これは別にサブ4を目指すレベルだからとかではなく、人間皆そうです。なので、私のように故障で数か月も走っていないとその間に筋持久力がどんどん落ちていくので、そうなるんです。


 とりあえず、そんな感じで初めはなんとか20キロ走を1キロ4分切り出来るところまで中強度走で戻していき、ちょっとずつ体が出来てきたかなと思ったタイミングで、10キロの高強度走を入れました。これは何か特定の目的があったというよりも(例えば乳酸性閾値の向上)、練習は質と量の両方の観点からなるべく変化に富ませた方が良いという原則に則ったものです。


 とりあえず、どうせ走れないだろうなと思いつつ、20キロの中強度走が出来るようになったくらいから、半分の10キロで質を追う日ともう少し強度を落として20キロ走る日と質も量も落とす日とちょっと流しを入れる日と何パターンか入れた方が良いなと思いました。


 それで、10キロの高強度走が35分12秒とかそんなものでした。普通にきつかったです。それまで、数か月間1キロ3分半というスピードを出したことがなかったので、かなりきつかったです。


 その6日後にもう一度同じ練習をすると、同じ感覚で走って30秒ほど速くなり、34分38秒くらいでした。これがレースの13日前です。距離の面で言えば、その二日前になんとか一回だけ30キロ走を入れました。平均ペースは1キロ3分55秒くらいです。この間、日を追うごとに状態は上がってきており、レースの11日前に35キロ走を1キロ平均3分50秒ペース、そして6日前に10キロの高強度走をまたまた同じ感覚で走って33分58秒ペースまでいきました。


 結局、今回は練習はここまで出来ませんでした。中強度走で言えば、最速は1キロ3分45秒平均で15キロまで戻りましたが、それも一回だけで量から言っても質から言ってもフルマラソンが走れるような材料は特にありませんでした。インターバルの回数は0,マラソンレースペースくらいの10キロ走が3回出来ているだけです。


 ですが、私の中でこのレースまでの5週間の中で着実に体が仕上がっている感覚がありました。やっぱり、低強度走と中強度走と流しの3つを組み合わせると、戻りが速いんです。先ほど、色々な刺激を組み合わせたと書きましたが、基本は2日に1回の割合でやっていた中強度走です。そして、この中強度走が基本的にやるたびに力がついていきました。


 脚の状態が良くなるとすぐにインターバルなどの高強度な練習を入れたがる人も多いのですが、インターバルなどの高強度な練習は特に基礎体力レベルが落ちている段階ではダメージが残るので回復に時間がかかりますし、基礎体力レベルが落ちている状態ではなかなか吸収もしません。そして、やれてもせいぜい週に2回です。


 というような諸々の事情から、私は今回はインターバルは入れませんでした。次からもそうするかと言われるとそれはケースバイケースですが、とにかく初めは高強度な練習を入れずに、低強度走と中強度走、流しを中心に練習を組んで基礎体力を戻していくのが王道です。


 高強度走はある程度中強度走が出来るようになった段階で、新しい刺激を体にかけるために行いましたが、ここでもすでに心肺機能がだいぶ衰えており、故障前の自分と比較することは出来ないので、あくまでも中強度走よりも速く、主観的にきつければOKという感じです。特に、レースペースの何パ―セントとか乳酸性閾値ペースとかいう考え方はしませんでした。(そもそも乳酸性閾値に達する走行速度がどのくらいなのかは厳密に血液検査しないと分かりません)。


 そんな訳で、徐々に体を戻しながらのレースでしたが、やっぱり無理はあります。無理は何かというとこれも先日リリースさせて頂いた「マラソンサブ4の為のトレーニング」の中でも語らせて頂きましたが、練習量や距離走の本数が少ないと筋持久力がもたないということです。


 本当は、無理なく30-40キロ走れる体を作って、そこから質を考えていきます。今回の私で言えば、週を追うごとに練習量も増えて、距離走の距離も増やして、そうすると無理なく走れる距離と無理なく走れるペースが上がってきて、本来であれば無理なく1キロ3分45秒くらいのペースで35-45キロ走れるようになって、それからじゃあ距離走の質も考えていこうという順番になるのが筋です。


 ですが、今回は5週間ではとてもではないですが、そこまではいけなかったです。寧ろ、30キロ走1本と35キロ走1本もだいぶ無理やり入れた感じでしたが、レースの日数と走り始めた時期を考えると最大の妥協案という感じでした。レース当日も結局脚が出来上がっていない状態なので、まあ未知数と言いますか、走り切ること自体に不安がありました。


 実は心拍数はレース当日は結構戻っていて、1キロ3分半くらいのペースであれば、心拍数は全然低かったのですが(150くらい。これは過去のマラソンで最も低い)、脚が耐えられないので抑えて抑えて走りました。


 ラップタイムも時計を見たらペースが遅すぎて嫌気が指すと思ったのでずっと時計は見ないようにしていました。


 ただ、私の中で100%トレーニング刺激に適応していたら、2時間27分くらいじゃないかなと思っていました。根拠としては最後に行った35キロ走の距離走のペースが1キロ3分50秒ペースで、100%これに適応していればレースではこれよりも10%速い1キロ3分半ペースであと7.195キロ走れるだろうということと、最低限10キロまでは1キロ3分半よりも速いペースで10キロまで走っているので、組み合わせればなんとかなるだろうということ、流しの感覚的に5キロ16分ちょうどでは走れそうな感覚があったので、これに+1分半だと5キロ17分半です。


 5キロ17分半でずっと刻んでいけばマラソンが2時間27分なのでこのくらいでは走れるかもしれないと思っていましたが、実際にイケるという確証もなかったので、走り切れて良かったと思っています。


 ちなみに、今回の長野マラソン、普通なら出場しないという判断になると思いますが(少なくとも大半の実業団なら)、今回私からこのレースに入れて欲しいとお願いして、色々と厚遇して頂いたので(ホテルの手配もして下さいました)、そのご恩に報いるには状態はどうあれ、出場して最後まで最善を尽くすのが一番なのかなと思いました。


 これも考え方は色々あるとは思います。出場して情けない姿をさらす方が失礼だという見方もあるでしょうし、そもそも誰も私のことなんかそこまで気にしていないと言われたらそれもその通りだと思います。


 ですが、私の中では状態がどうあれ、健康な体がレース当日あるのであれば、最後の最後まで最善を尽くしてゴールまでたどり着くのが一番ご恩に報いる方法と言うか、感謝の気持ちを行動で示すことではないかなと思いました。


 これはあくまでも私の考えであって、私のコーチはくだらないと言うでしょうし、意見は色々だと思います。ただ、私はやっぱりその場に姿を見せて、最後まで最善を尽くす姿勢だけでも見せるのと電話やメールだけで済ますのとでは違うと思ったので走りました。走ってみて私はやっぱり良かったと思います。


 自分自身の理論の正しさも色々証明できたとも思います。改めましてまとめますと、どういう理論が今回新たにやはり正しいと再認識できたかと言うと


・トレーニングは一般性から特異性へと移行すべし

 必ずスピードと持久の両面から考えて、徐々に土台作りを行い、それから後に特異的な練習へと移行する。これが出来ない場合も必ず先ずは土台作りから行い、特異的な練習は省く。


・維持の原則

 一度も到達したことがないところに到達するよりも、かつて到達したことがあるところに到達する方が易しい。必要なトレーニングの総負荷も少なくて済む。


・先ずは問題なく35-45キロ走れるようになってから、後に質を取り入れていく

 先ずは無理なく走れる距離を徐々に増やすと共に望ましくは無理なく走れるペースを上げていき、それから後に30-40キロ走の質を求めていく。


・収穫逓減の法則

 現在のトレーニングレベルや走力レベルが低いほど、低強度走、中強度走、流しなどのリスクの低い練習の練習効果が高い(現在のトレーニングレベルや走力レベルが低いほど低強度走、中強度走、流しがローリスクハイリターンの練習となる)。


・スピード持久力が低い人ほどレース前半の余裕度が低い

 スピード持久力をつけるとは苦しい状態で走り続ける能力を養うことであり、スピード持久力がない人ほど、レース前半の余裕度が低く、心拍数も低い。特に筋持久力が不足している場合には、レース全体を通じて心肺的な余裕度が大きいので心拍数が低くなる。


・レース1本に準備する期間は最低でも3か月以上、3か月から6カ月が望ましい

 どれだけ理に適った練習をしても、1カ月や2か月の練習で最良の結果を出すのは無理。理想を言えば、スピード的にも土台的にも土台が出来た状態で3か月のマラソントレーニングに入るのが理想。


 出来た部分も出来なかった部分もだいたいこの理論通りになったかなと思います。


 ちなみにですが、技術的に無理なものは技術の進歩によって可能になりますが、理論的に無理なものは何をどうやっても無理です。例えば、今回のケースで5週間でもっと良い練習をしてマラソン2時間17分みたいなことは私は無理だと思います。これは理論に反するからです。一方で、半年くらいかけて2時間13分でということになれば、これは全然可能だと思います。


 一回、理系の方に言われたのは「数学出来ないやつは定数を動かそうとする」ということです。文系の私でもそのくらいの意味は分かりますが、これを日本語で書けば「技術的に無理なことは技術の進歩で可能になるけれど、理論的に無理なことは何をどうやっても無理」ということなのだと思います。


 と言う訳で、理論の部分を今後もたくさん情報発信していきたいと思います。


 今回私も高強度な練習はほぼ入れず、インターバルは一回も入れずに6キロジョギングからフルマラソン2時間27分まで5週間でもっていったと解説させて頂きましたが、5キロジョギングから始めて、同じように追い込まない練習を中心に組んで3年でフルマラソン2時間32分を達成したのが弊社副社長の深澤哲也です。深澤の新講義動画「マラソン初心者からたった3年で2時間32分まで到達したワケ〜追い込まずに速くなる極意〜」(1980円)にお申込み頂けるのは本日までです。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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