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カロリー計算の落とし穴

 突然ですが、あなたは摂取カロリーが消費カロリーを上回っていると太ると信じているでしょうか?


 もし、そうであれば必ず今回の記事をお読みください。


 これまで非常に多くの方が、太っているのは、あるいは体重が減らないのは、減量に成功しないのは、消費カロリー以上に摂取カロリーが高いからだと信じていました。


 この考え方の最大の問題は、体重が減らなかったり、太ってしまうと、自分の意志が弱いことが原因であると思い込んでしまうことです。摂取カロリーが消費カロリーを上回らない限り体重が増えないと思い込んでしまうと、当然の帰結として、痩せられないのは自分の意志が弱いからであるという結論に行きつきます。


 そして、自分を責めることになります。


 実はかつての私もそのうちの一人でした。これは私が高校生の頃の話です。高校一年目の全国高校駅伝前、重要な大会を目前にして私の体重が増え始めました。寒くなってきて、食欲が増えてきたのでしょう。私は何とかせねばと思い、摂取カロリーを減らしました。


 家に帰ると、お腹がすいて何か食べたくなってしまうので、練習が終わってから図書室で勉強して、勉強に集中することで空腹を紛らわせました。そうやって、家に帰ってさっとご飯を食べて、そして早く寝ることで空腹を感じないようにしていました。


 ご飯はなるべくゆっくりと噛んで、味わって食べるようにしました。そうすることで、少量でも満足感が得られるからです。


 そうして、迎えた全国高校駅伝、初の全国大会でも落ち着いて走り、前半は3人に抜かれましたが、これは想定の範囲内でした。落ち着いて前の選手との差を少しずつ詰めていき、後半に12人を抜いて9つ順位を上げました。区間順位は12位とそれほど突出した結果でもありませんが、1年生にしてはまあまあの走りでしょう。


 この時も私は意志の強さには自信がありました。結果が出る出ないは当然ついてまといますが、意志の強さは自分で決めることである、お腹がすいていても目の前にある食事に手を付けるかつけないかは自分の意志で決めるものだと思っていました。


 実はこの時、私は間違っていたことがいくつかありました。


 先ず第一に、その頃の私の体重の増加は成長分でした。高校に入学した時は身長が163㎝の体重が54キロでしたが、それが167㎝までは伸びました。男子高校生は上だけではなく、横にも大きくなりますから(お腹が出るという意味ではなく、肩幅や胸囲など)、それだけ体重も58キロくらいまで増えていたのです。


 身長も中学入学時が139㎝だったのが、卒業時に163㎝ですから、高校一年目はまだまだその成長期の範囲内です。それを抑えようとするのは無謀なことです。


 この時期から私は度重なる故障に悩まされ、体に力が入らなくなりました。更に、私は意志の力を過信していました。一時的に、意志の力で空腹を克服したとしても、それを長期に続けることは出来ませんでした。そして、自分で言うのもなんですが、私が無理なら世の中の半数以上の人は無理だと思います。


 実際に、食欲に人間が抵抗するのは至難の業と言いますか、無理だと思います。そもそも、食欲は生命の維持に必要なものですから、これがなくなるときは死ぬ時です。少なくとも完全にゼロにはならないのです。


 この時の私はまだ、摂取カロリーが消費カロリーを上回っているから、つまり自分の意志が弱いから太る訳ではないということを知らなかったのです。


肥満の真の原因

 あなたはメタボリック症候群という言葉をご存知でしょうか?


 ご存知だという方はこの言葉は日本語に直訳するならどういう訳になるかご存知でしょうか?


 私はメタボリックとはてっきり肥満とかデブとか太ってるとかそんな意味かと思っていましたが、全然違いました。メタボリックとは代謝のという意味です。直訳するなら、代謝の症候群、つまりメタボリック症候群とは代謝異常を指し示す言葉だったのです。


 つまり、肥満の原因とは代謝異常だったのです。では、どういった類の代謝異常でしょうか?


 それは下記のような代謝異常です。


・そもそもの体の代謝が落ちる→エネルギーを消費しない


・食べた糖質をグリコーゲン(糖原質)として貯蔵できない→脂肪酸として貯蔵される


・脂肪酸をエネルギーとして使えない


主にこういった異常が起こります。更に、グレリンと言う食欲を増進させるホルモンが過剰に分泌され、レプチンという食欲を抑えるホルモンが過小に分泌されます。つまり、ホルモンバランスが崩れるのです。


 私の洛南高校陸上競技部の恩師が太り過ぎている部員に「こいつは中枢神経が破壊されとる」とおっしゃっていましたが、あながち間違いではありません。こういったホルモンバランスを司るのが中枢神経だからです。


 更に言えば、アドレナリンやコルチゾールなどの闘争か逃走反応を引き起こすホルモンは脂肪や糖質をエネルギーに変えて燃やそうとするので、体が絞れやすいのです。こういったホルモンの分泌を司っているのも、中枢神経です。


 そして、こういった中枢神経の働きを阻害するのが炎症です。ですから、炎症反応を起こすような反栄養素を体に入れず、つまり反栄養素のある食品を排除し、抗炎症作用のある食品を選ぶことで、体重管理が容易になるのです。


 ただ、炎症に関しては前回の記事で書かせて頂いたので、今回はカロリーに焦点を絞って書かせて頂きます。


 実はカロリーと言う概念が出てきたのはかなり昔の話です。そして、興味深いことに二つの大戦時に広まったのです。


 先ず1人目は、ルル・ハント・ピーターズ博士が1918年に出版した’’Diet and Health : with the key to the calories’’ (ダイエットと健康、カギを握るのはカロリー)という書籍です。このピーターズ博士は物理学者だったのですが、非常に物理学者らしい考え方で、人間の体を機械と同じように捉えたのです。


 機械は全て入れたエネルギーの分だけ動きます。これは機械だけではなく、化学反応や物体の運動などを観察しても、全て何らかのエネルギーが何らかのエネルギーに変換されています。例えば、位置エネルギーが運動エネルギーに変換されるとか、石炭を燃やして、その蒸気でタービンを回して、そのエネルギーを機関車の運動エネルギーに変換するとかそんな感じです。


 そうすると、人間の体も物体ですから、エネルギーを入れたら、それを消化器官がエネルギーに変換して、運動エネルギーに変えている、入ってくるエネルギーとはすなわち摂取カロリーのことであり、運動エネルギーとはすなわち消費カロリーのことです。ですから、あなたが何を食べてもそれはカロリーとして捉え、そのカロリーを運動エネルギーに変えており、その収支バランスがとれていなければならないとこう主張した訳です。


 一見もっともらしいですし、あながち間違いではないのですが、残念ながら人間の体はそこまで単純には出来ていなかったのです。


 因みにですが、この摂取カロリーと消費カロリーに単純化して考える考え方をカロリーインカロリーアウト理論と言います。略してCICOと呼ばれることもあります。


 更に、この考え方を広めたのが1930年代から1940年代にかけて、生理学者のアンセル・キースが広めました。アンセル・キースの理論はアメリカ海軍の食事供給にも影響を与えました。更に、この考え方が1970年代の有名なマクガバンレポートへと繋がっていきます。


 カロリーインカロリーアウトの考え方は、ある意味では正しいです。摂取カロリーが消費カロリーを長期にわたって下回り続けると体重が減ります。これは間違いがありません。36人の自発的な被験者たちを対象とした実験では、被験者の体重が4分の1減少するようにデザインされた食事を提供され、その経過を観察しました。


 この実験の目的は、戦時における空腹からの回復を目的としたものでした。


 その結果、36人の被験者は、うつ、無気力、倦怠感、イライラ、抜け毛、性欲の低下、筋肉痛、集中力の低下、絶え間ない食べ物への渇望に悩まされることになりました。体重は減りましたが、健康とは程遠い状態です。


 ちなみに、この時期に何故このような実験が行われたのかは全くもって理解が出来ません。そんなことをしなくても、ドイツでも、ソ連でも、アメリカでも、日本でも、中国でも、イギリスでも様々な形の強制収容所や捕虜収容所があり、お腹を空かした人間はたくさんいたはずです。そんな実験をしなくても、彼らを観察すれば、一発であったように思うのですが。


 ちなみにですが、性欲の低下と絶え間ない食べ物への渇望を表す顕著な例として、第二次世界大戦中にユダヤ人の強制収容所に入れられていたヴィクトール・エミール・フランクルという方が、強制収容所の中では性的な夢を一切見ることはなく、いつも食べ物や温かいコーヒーの夢を見ていた。


 そして、目が覚めると、そんな自分を恥じた。もはや人間的な思考は何一つ出来ず、頭の中にあるのは食べ物のことばかり、そんな動物的な思考しか出来なくなった自分が恥ずかしかったというようなことを著書の中に書いておられます。


 この例からも、消費カロリーが摂取カロリーを大幅に下回るような、状態が長期にわたって続くと食欲に抗う事は難しく、もはや人間的な思考さえも奪ってしまうことが分かります。


 ちなみにですが、同様の記述がシベリア抑留経験者の証言や手記の中にも見られます。


 また、ダイエーの創業者の中内功さんの証言によると、戦時中に一番恐怖を感じたのは米兵でもなく、英兵でもなく、日本兵だったそうです。極限の飢餓の中、今寝たら仲間に殺されて食べられるのではないかと思うと怖くて眠れなかったそうです。そのくらい、人間が食欲に抗うのは難しいのです。


 更に、問題なのは、消費カロリーを著しく制限した状態が長期にわたって続くと、人間は代謝を落とすことです。つまり、摂取カロリーそのものを減らすのです。その過程において、筋肉量も減らします。ですから、スポーツ選手には向きません。そして、体は脂肪をため込もうとします。


 脂肪が一番のエネルギー源だからです。その結果として、更に痩せにくくなるのです。


 では、逆はどうでしょうか?

 

 消費カロリーを大幅に上回る摂取カロリーで痩せることは出来るのでしょうか?


 ここでは、前回のブログ記事でも紹介させて頂いた130キロ越えの元肥満デイブ・アスプレーさんに登場して頂きましょう。アスプレーさんは、前回の記事で書かせて頂いたように、16時間から18時間の断食とグラスフェッドバターとMCTオイルたっぷりのコーヒーを中心に、脂質中心に摂取カロリーを4500キロカロリーまで増やしました。


 但し、反栄養素は食品の中からなるべく排除しました。何が言いたいかと言うと、単純に低糖質高脂質食ではないということです。反栄養素を除去するというのが大きなポイントです。


 そして、運動は全くしませんでした。この生活を1か月間続けました。カロリーインカロリーアウトの計算に従えば、10キロは太るはずでした。アスプレーさん的には1キロ程度体重が増えることを覚悟していました。これでも、カロリーインカロリーアウトの理論の落とし穴を指摘するには十分でした。


ところが、体重は減りました。


こう言うこともあるのです。


炭水化物を食べると太る?

 炭水化物を食べると太るというのは、カロリーインカロリーアウトの理論と同じくらい物事を単純化したもので、実際には人間の体はそうは単純には出来ていません。ただ、炭水化物をたくさん食べると翌日むくむのには理由があります。ここでは、ビールをたくさん飲んで翌日炎症を起こしているとか、コンビニのスイーツを大量に食べて炎症を起こしているとかそういったケースを除きます。


 健康的な炭水化物を食べたとしても、やや体は大きくなります。それは何故かと言うと炭水化物をグリコーゲン(糖原質)として貯蔵する際にグリコーゲン1分子と水分子3つがくっつくからです。


 たいていモデルさんとかハリウッド映画の俳優さん、女優さんは撮影日に合わせて炭水化物を抜いてきて、このグリコーゲン分子とともに水分子を落としてきます。そうすることによって、引き締まった体を世間に見せているのですが、安心してください!履いてます・・・じゃなくて、彼ら彼女らも普段はもう少し我々と同じような体をしているのです。



 セルフイメージと健康やウェルビーイングを考える上では、何が真に健康的でウェルビーイングな体であるかと考えなければいけません。この約半世紀だけでも、ハリウッド女優はどんどんやせ細りくびれが強調され、俳優さんのサイズは大きくなっていきました。


 その全てではありませんが、その多くはそういった撮影日に向けた調整やテストステロンを注射して筋トレをして、更に撮影日に合わせてパンプアップして、ということをやっているのです。これが人間として健康であるかどうか、最高のパフォーマンスを発揮できる状態であるかどうかはまた別の話です。


 考えてみて下さい。


 車だって、ガソリンの量を減らせば軽くなります。片道分のガソリンしか入れなければ、表面上はボディが軽くなり、速く走れそうな気がします。しかし、片道分のガソリンしかなければ、帰ってこれないので、敵艦に体当たりするよりほかに道はないでしょう。


 特に、ランナーの場合はエネルギー源としてグリコーゲンは必要ですから、水分子3つとともに、しっかりとグリコーゲンを貯えるべきです。今度、体がむくむから炭水化物を抜こうかという考えがよぎったランナーさんは、自分は本当に片道分のエネルギーだけを積んで、出撃したいのかと自問するべきでしょう。


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