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執筆者の写真池上秀志

AIに適切な練習計画は作れるのか?(そして、作れたとしたらどのくらい役立つのか?)

更新日:2023年7月23日

 最近はなんでもかんでもAIで出来るようになってきています。様々なものがAIに任されるようになり、ある人によると2045年にシンギュラリティと呼ばれるAIが人間を支配するようになる現象が起こるとされています。では、本当にAIはそこまでの性能を持つようになるのでしょうか?


我々市民ランナーもAIを使うことで、箱根駅伝強豪校や実業団選手並みの指導を受けることが出来るようになるのでしょうか?


 今回はそんなことを考察したいと思います。


そもそもAIって何?

 先ずはっきりさせておきたいのは、AIとは何か?ということです。AIとはArtificial Intelligenceの頭文字をとったもので、日本語では人工知能と訳されます。これだけでは分かりにくいと思いますが、人工知能とは簡単に言えば、考える機械のことです。そもそもの出発点は「機械は考えることが出来るのか」というところから始まりました。機械にも色々ありますが、江戸時代の機械はまだからくり仕掛けと呼ばれており、電気は使わずに複雑に金具やら木やらひもを組み合わせて作られていました。それはそれで芸術を感じるのですが、現在の機械とはかなりの差があります。


 それがディーゼルエンジンが発明されたり、電気が発明されたりして、もっと大掛かりな装置が作れるようになりました。考えてみると、19世紀くらいから電気が発明されたり、モーターが発明されたりしているので、そのわずか100年後には第一次世界大戦で、戦車を使い、戦闘機を飛ばしとしていたので、ものすごいことです。


第一次世界大戦の時には、まだまだ塹壕戦が中心で、なかなか決着がつきませんでした。そして、その状況を打破するために、中盤戦以降で戦車が投入されるようになるわけですが、第二次世界大戦の時にはすでに戦車が主力部隊となり、硫黄島やペリリュー島などの離れ小島にまで送り込むことが出来るようになるのですから、凄いことです。


 戦闘機も第一次世界大戦の時には戦闘機というよりも偵察機という要素が強かったそうですが、第二次世界大戦時には文字通り戦闘機になり、ドンパチやっていましたし、高度10000mから大型爆弾を投下し、罪のない市民を大量虐殺するということにもなりました。そして、わずか数年で原子爆弾を開発するというとんでもない勢いで科学技術が発展していきました。


 戦争はない方が良いに決まっていますが、戦争が科学技術の発展を加速させたのも事実でしょう。


 実は人工知能の原型も第二次世界大戦の際に作られました。当時のコンピュータは持ち運び不可能で、自動販売機を数個重ね合わせたような大きさです。第二次世界大戦では、かなり戦線が拡大し、各国ともに通信技術の発達による闘いが求められました。そして、各部隊で連携を取りながら戦うことが必須であるということは、敵の通信を傍受することが出来れば、闘いをはるかに有利に進めることが出来るということでもあります。


 私はあまり通信技術には詳しくないのですが、通信を傍受すること自体は簡単であったようです。これは考えてみれば、当然の理屈でラジオだって周波数さえ合わせれば世界各国の放送が入るのですから、当然と言えば当然でしょう。野球のサインだって、自軍の選手に伝わるものは敵軍にも伝わります。敵軍に伝わらないのであれば、自軍にも伝わる訳がありません。自軍に届くのであれば、その近くの敵軍にも届くと考えるのがものの道理でしょう。


 という訳で、この時代の通信は全て暗号化されていました。「トラトラトラ」とか「ニイタカヤマノボレ」とかは有名な暗号文です。そして、各国優秀な数学者を集めて様々な暗号文を考え出していました。暗号の基本的な考え方は単純です。


 例えば、356×356はいくつでしょうか?


答えは126736です。これは紙を使って計算すれば、誰でも簡単に計算できます。しかし、126736は何の二乗かと聞かれると計算に時間がかかってしまいます。先ずは2で割って、さらにそれをいくつで割ってと計算をしていかないといけません。これをもっと複雑にすれば、計算にかかる時間が莫大なものになります。しかも、そのキーとなる符号を24時間ごとに変えれば実質計算は不可能になります。


 実際にはどのようにされていたのかというと、ある設定に合わせて平文(暗号化する前の文章)を打つとその設定に応じて暗号文が出てくるタイプライターを作ります。そして、もう片方のタイプライターで送られてきた暗号文を同じ設定で打ち込むと平文に戻るのです。そして、その設定を24時間ごとに変えると24時間以内に計算することは不可能だという寸法です。


 先述の通り、暗号化に当たっては計算の仕組みを複雑にすればするほど、計算は、難しくなります。例えば、Heil Hittlerから4文字ずつずらすとLimp Lmxxivという暗号文が出来上がります。


しかし、これは4文字ずらしただけなので、すぐに解読されてしまうでしょう。ドイツ語だとアルファベットは30文字あります。これにすべて1から30まで数字をふって、例えば元の数字に3を足して5をかけてから7マイナスするなどと計算式をどんどん複雑にすれば、解読が非常に困難になります。


 そして、今日は3足して、5をかけてから7を引く、明日は6を引いて、3をかけてから、8を引くなどと様々なパターンを出発前に表にしておけば良いのです。そして、今日はAパターン、今日はBパターン、今日はCパターンと設定だけ合わせておけば出来るでしょう。実際に、スポーツの世界では昔プロ野球で乱数表というものが用いられたことがありました。一時期プロ野球ではサイン解読部隊が作られて、敵のサインを解読し、その情報をまた自軍の選手に様々なサインで伝えるというややこしいことがされていた時代があったのです。


 この時、最終的に乱数表というものが作られて、乱数表をキャッチャーとピッチャーのグラブに張り付けるようになりました。この乱数表こそがエニグマにおける設定になります。例えば、キャッチャーが2,3と指を出せば、上から二番目の三行目に書いてある球種がサインということになります。サイン自体は非常に単純です。2と3を出すだけですから、ばればれです。しかし、この乱数表自体を試合中に頻繁に変えれば、解読は不可能になります。


 今では禁止された乱数表ですが、これと全く同じことが第二次世界大戦のドイツ軍の暗号の仕組みなのです。これをもっと複雑にしたと思っていただけると良いと思います。


 イギリスでは数学の天才を集めて、必死になってドイツ軍の暗号解読に取り組みました。ドイツ軍はUボートと呼ばれる潜水艦(というよりドイツ語でUボートは潜水艦)がイギリス海峡で暴れまくっていました。しかし、やがて暗号を解読されて、イギリス軍優勢へと傾いていきます。


 このドイツ軍の暗号解読を成し遂げたのがアラン・チューリングというイギリスの天才数学者です。この天才数学者が、作り上げたのがチューリングマシンと呼ばれる現在のコンピュータの原型です。チューリングの発想は機械に勝てるのは機械しかないというものでした。確かに電卓を使って計算してる人に計算速度で勝つには電卓を使うしかないような気はします。


 そうやってエニグマの解読に成功したのです。そして、戦争が終わり、アラン・チューチングは更に自身の研究を発展させ、機械は考えるという前提のもとにコンピュータを作りました。それがチューリングマシンと呼ばれる現在のコンピュータの原型です。チューリングの発想は非常に単純で、私とあなたは違う考え方をする、人は皆それぞれ違う考え方をする、コンピュータにはコンピュータの考え方がある、というものでした。


 そして、作られたのがチューリングテストです。チューリングテストとは、ある質問をなげかけて、それに答えていき、それが人間かコンピュータかを当てるテストです。質問はそれほど難しいものであるとは限りませんし、別に難しいものであっても構いません。


「好きな食べ物は何ですか」

「お米です」


「好きなスポーツは何ですか」

「ランニングです」


「好きな芸能人は誰ですか」

「特にいません」


「お仕事は何をされていますか?」

「物書きです」


 このように質疑応答を繰り返し、答えているのは人間かコンピュータかと当てるのがチューリングテストです。もしも、コンピュータが人間のように考えられないのであれば、ところどころに違和感を感じるはずです。例えば、「好きな食べ物は何ですか」と聞いているのに、「ガソリン」と答えるかもしれません。「お仕事は何をされていますか?」と聞いているのに「火曜日」と答えるかもしれません。


 初期のコンピュータはなかなか人間のように考えるとはいかなかったようですが、現在のコンピュータは人間との見分けがつかないでしょう。そして、コンピュータの長所は何といっても、記憶力と計算処理能力の速さです。


人間はグーグルの膨大な情報量と計算処理能力の速さには勝てません。これがAIです。ですから、AIと聞くと最先端という感じがしますが、別に最先端ではなく、第二次世界大戦くらいからあると思っていただければと思います。という訳で、ここから先はAIとコンピュータは同じ意味として使用します。


AIの腕前はどの程度?

 ではそんなAIですが、人間よりも凄いのでしょうか?


この問いに対する答えはアラン・チューリングの答えと似たようなものになります。人にそれぞれ得手不得手があるように、コンピュータにも得手不得手があります。例えばですが、記憶力や一般的な事柄に対する計算処理能力(情報処理能力)はコンピュータには勝てないでしょう。そもそもコンピュータが人間よりも全てにおいて劣っているのであれば、開発する意味がないではないですか。


 私も記憶力は良い方ですが、それでも記憶があやふやになることはしょっちゅうあります。今まで書いた書籍のすべての文章を一言一句覚えているかというととんでもないです。全く覚えていないと言った方が良いでしょう。もう一度同じことを説明しろと言われたら出来ます。しかし、やるたびに説明の仕方は変わるでしょう。何回説明しても説明が変わらないというのは、ある意味では動画コンテンツの長所であり、説明するたびに説明の仕方が変わるというのはこれまたある意味ウェビナーやセミナーの長所です。


 しかし、コンピュータに保存された動画や文章というのは一言一句たがわずに記憶してくれています。生まれた時からコンピュータがあった私の世代の人間からすると、これは当たり前のことですが、考えてみると凄いことです。「保存」ボタンをワンクリックするだけで、全て一言一句違わずに記憶するというのは人間には出来ないでしょう。

 

 ではコンピュータは全てにおいて人間よりも優れているのでしょうか?


これは残念ながら、否です。翻訳一つとっても現在の翻訳ソフトでは全然ダメです。もしかしたら、ものすごく高いものを買えばちゃんとできるのかもしれませんが、それでも無理でしょう。これは理論的に無理なので、おそらく無理だと思います。その理由を説明しましょう。


AIの限界

 AIに翻訳が正確に出来ないのには、少なくとも私ほど正確に翻訳できないのには(日独、日英、英独に限ります)、明確な理由があります。それは、文章というのは全体の意味が先にあって、それから部分の意味が決まるからです。


 例えばですが、最近克己会員様限定で出した動画の中で「EペースとMペースの練習効果は同じ?」という動画の中で、「ジャックダニエルズ博士という運動生理学者兼コーチが、著書の中で「EペースとMペースの練習効果は同じ、つまり5000m14分55秒で走る選手は1キロ4分ペースで走ろうが、3分24秒で走ろうが同程度の練習効果」と書いているという考え方が市民ランナーの方の間で広まっているのですが、これは大きな誤りで、ジャックダニエルズ博士が書いているのは、「EペースのランニングとMペースのランニングにおいて得られる生理学的な利点はほとんど同じである、つまり心筋が鍛えられ、接地の衝撃に耐えるための結合組織が強くなり、故障しにくくなって、毛細血管密度や持久力にかかわる筋酵素、ミトコンドリアが増える」ということです。


 何故、そのような誤解が広まってしまったのかというと、全体の意味が先にあって、それから部分の意味が決まるのに、部分の意味だけで全体を語ろうとしてしまったからです。もっと言えば、ジャックダニエルズ博士の著書をお読みになられたことがない方は、あまり理解できないでしょう。何故なら、彼の著書をお読みになっていない方は全体の意味が理解できていないからです。そうすると、いきなりEペースとかMペースと言われても理解できないし、出来るわけがないのです。


 このように同じ人間同士でも読解の仕方には差がある訳ですが、それと同様にAIにはAIの読解力があり、残念ながらAIは読解力が非常に低いと言わざるをえません。そして、その理由はおそらくAIは部分の総合で意味を捉えているからです。単語と単語を一対一対応に近い形で訳していると言っても良いと思います。


 私も同時通訳の仕事をしたことがあるので、理解できるのですが、同時通訳する場合には普通は同時と言っても完璧に同時ではありません。意味の塊ごとに訳していくのです。特に英語と日本語などの全くもって言語の仕組みが違う言語同士を単語レベルで同時に訳すことは出来ません。例えばですが、英語のoffとonという言葉は日本語には全くありません。Offは離れる、Onはくっついているというニュアンスの単語です。


 ですから、皆でファルトレクをするときも速い方の区間が始まるときはThree, two, one off!で走り出します。日本人からすると、これから頑張るのに何故offなんだと思われる方が多いと思いますが、このoffは離れるというニュアンスの言葉なので、スタートするときはoffなのです。離陸するときのtake offと同じです。スタート地点から離れるからoffなのです。


 Onは逆にくっついているので、例えば「天井の電気を見て」という時には、Look at the light on the ceiling! となります。日本の英語教育ではonは「~の上に」と習うので、天井の下にあるのにonはおかしいだろうと思うのですが、onはそもそもくっついているという意味の言葉なので、これはonなのです。


 エド・シーランの名曲shape of you にも grab on my waist and put that body on meという歌詞がありますが、これも「腰に手をまわして、体を寄せて」という風に訳すべきです。Onだからと言って、別に俺の上に乗ってくれと言っているわけではないのです。

ここでのonは腰と腰をくっつけてという意味です。

 また、この歌自体が友達と自分が恋人を探すためにバーで話しているときに、君が来たというところから始まって、そのあとに「僕がリードしてあげるから、ついてきてね」と続いていくので、ここからもこのonは「上に乗って」という意味ではなく、「体を寄せて」であることが分かります。このように文章全体の意味があって(その情景があって)、初めてonの意味が決まってくるのです。


 AIにはこれが出来ません。全体の意味から考えて、とか前提となる知識から考えてということがまだまだ非常に弱いです。ですから、翻訳する際には単語と単語を一対一対応で訳していくような訳し方になることが多く、意味のまとまりを捉えて訳すことが出来ていません。では、絶対に無理なのかという領域まで踏み込んでしまうとどんどんランニングの話からそれていくので、このあたりでお許しください。


フレーム問題

 AIの最大の問題は実はフレーム問題です。このフレーム問題というのは、レストランなのかカフェなのかを判定するような時に起こります。これは人間には非常に簡単です。スタバ、ドトール、ヴェローチェなどはカフェで、サイゼリヤ、ガスト、ジョリーパスタなどはファミリーレストランです。


 しかし、AIにはこれが分かりません。そもそもの話をすると、確かにAIは自ら考えますが、その考え方をプログラミングするのは人間です。本当に一からコンピュータが考える訳ではないのです。問題となるのはそのプログラミングの仕方です。どうやって、プログラミングするのでしょうか?


 例えば、カフェはドリンクメニューが中心のお店で、ファミリーレストランは食べ物がメインのお店と区分することが出来そうです。しかし、それをどうやって判断するのでしょうか?


 スタバもドトールもヴェローチェも飲み物のメニューと同じくらい食べ物があります。実際に売り上げまではしりませんが、少なくともコーヒーばかり買われているわけではないでしょう。


 そして、ガスト、サイゼリヤ、ジョリーパスタなども割とドリンクバーが人気だったりします。あれは結構客寄せになっているのではないでしょうか。確かに我々人間はなんとなくわかるのですが、機械にそれを明確に判別させるのは出来ないのです。この時、出てくるフレーム問題というのは、この判別の基準をどこに設定するのかという問題です。


 例えば、「カフェとは飲み物の売り上げが食べ物の売り上げを上回っているお店でアルコール類は一切出してはいけない。そして、店内で勉強したり、本を読むことが許容されており、商談や友達同士のおしゃべりも可能なお店である」というふうに基準を設定すると、カフェでも食べ物の売り上げが飲み物の売り上げを上回っているお店がはじかれてしまいます。


 スタバはどのくらいの割合なのでしょうか?


 スタバなんかはもしかすると、店舗やその月によってもどちらの売り上げが多いかは変わるかもしれません。そうすると、同じスタバなのに、店舗によってとか月によってカフェかレストランか変わってしまうことになります。


 しかし、これは端的におかしいでしょう。スタバはいつ行ってもカフェのはずです。では、もう少し基準を緩くして、カフェとは飲み物が飲めるお店で、場合によってはアルコール類も出してあり、店内で勉強したり、本を読むことが許容されており、商談や友達同士のお喋りも可能なお店である」と定義したらどうでしょうか?


今度は、だいたいの飲食店がカフェとして認識されてしまい、ガストもサイゼリヤもジョリーパスタもカフェになってしまいます。


 フレーム問題というのは、どこにフレーム=基準を厳しく設定すれば、カフェなのにカフェとして認識されないケースが出てきてしまい、フレーム=基準を緩く設定すればカフェじゃないのにカフェとして認識されるケースが出てくるという問題が出てきてしまうのです。


 では、どうすれば良いのでしょうか?


 創業者に聞くというのはダメです。何故なら、それではコンピュータが自ら考えていることにならないからです。人間無しでも勝手に仕事をしてくれないと、AIを開発する意味がないのです。


アフォーダンス理論

 次にアフォーダンス理論を見ていきましょう。アフォーダンス理論もAIを作る上で、問題になる理論の一つです。アフォーダンス理論とはAffordance Theoryのことであり、Affordするとは与えるという意味です。これは物理場が情報を与えてくれるという考えに基づいている理論です。一番代表的なアフォーダンス理論を用いて作られた商品はルンバです(ズンバではありません。ズンバはうちのSyoko先生がやっているダンスエクササイズです)。


 ルンバの特徴はとりあえず、あちこちにぶつかっているうちに家具の配置を覚えて最適なお掃除ルートを導き出すということです。では、そのお掃除ルートは誰が教えてくれるのでしょうか?


 物理場が教えてくれるのです。つまり、実際に壁にぶつかったり、家具にぶつかったりしているうちに家具の配置を覚え、最適な掃除ルートを学習するのです。これは一見、素晴らしく思えます。ちなみにですが、このやり方で大体私の家は対応できます。ただ、昔祖父母が住んでいた家では無理です。


 何故なら、祖父母の家では、机を片付けてそこに布団を敷いて寝ていたからです。つまり、日本の伝統的な家屋では、家具は移動するものなのです。ちゃぶ台はたたんで壁にたてかけられますし、ひっくり返すことも出来ますし、ご飯を食べる時に机として使うことも出来ます。そして、押し入れから布団を出してきて、そこに敷きます。


 欧米のようにキッチン、リビング、寝室と分かれている訳ではないのです。そうすると、物理場が全ての情報を与えてくれることにはなりませんし、最適なお掃除ルートはその都度変わります。毎回変わるので学習できないのです。人間なら、視覚情報から判断してどこに掃除機をかければ良いかは分かります。しかし、ルンバには分からないのです。


 同様に、小さな子供がいて、散らかしていたら無理でしょう。


 これは地図を作るときにも言えます。地形を調べたり、距離感を測るだけなら、グーグルカーを走らせれば正確な地図が作られるでしょう。しかし、グーグルマップにはサイゼリヤとかファミリーマートとか郵便局という情報も書いてあります。こういった分かりやすい情報なら簡単に収集できます。


 しかし、弊社ウェルビーイング株式会社の場合はどうでしょうか?


 弊社ウェルビーイング株式会社は見た目にはただのアパートです。普通に人が住んでいる場所ですし、実際に私が住んでいます。私の住居にもなれば、会社にもなります。しかもこれは時間で分けることは出来ません。朝の4時であろうが私が仕事をしていれば職場になりますし、昼間の10時であろうが私がくつろいでいれば、それはリビングになるでしょう。


 つまり物理場が情報を与えてくれるわけではないのです。ただし、人間でさえこれは分からないことです。弊社副社長の深澤ですら、私が仕事をしている時間を知りませんし、仕事をしていてもユーチューブでサンドウィッチマンの漫才を見ていても、見た目は同じです。また、祖母や母はズームが分からないようで、ズームで重要な商談をしているのに、話しかけてくることもありました。ズームというものが分からない人には分からないのです。つまり、物理場が情報を与えてくれる訳ではないのです。

AIは最適な練習計画を作るのか?

 ここまで見てきたようにAIは一人の人間だと考えると分かりやすいです。人間の間でも分かること分からないことは違います。先ほどのカフェとレストランという区分で言えば、回転寿司はどこに入るのかとか(回転寿司は回転寿司で一つの区分だと思いますが、ドイツでは寿司レストランと呼ばれていました)は人間同士でもやや区分の仕方が変わるでしょう。


 グラビアはエロ本か芸術かというくだらない議論に笑ってしまったこともありますが、確かに厳密に分けるにはどこに線を引けば良いのかよく分かりません(=フレーム問題)。一部のヌード写真は芸術として評価されることもありますが、グラビアはビキニ着用でもエロ本として認識されることが多いです。そうすると、単純に隠すべきところが隠れているか否かという杓子定規な判定は出来ないことになります。


 このように、人間同士の間でもフレーム問題もアフォーダンス理論における問題も統語論(文章読解にかかわる理論)における問題も生じるのです。


 ですから、AIも一人の人間だと考えると分かりやすいと思います。普通の人間と少し違うことは得手不得手が飛びぬけて偏っていることです。例えば、記憶力は人間は勝てっこないでしょう。それから、計算処理能力も人間は勝てないでしょう。イギリスの天才数学者たちも勝てないのですから、あとは推して知るべしです。

AIの苦手分野は?

 実はAIの苦手分野はそのまま得意分野の反対側です。計算できる分野はAIの得意分野です。これは人間には太刀打ちできません。将棋やチェスはそれが複雑であったとしても、やっぱり計算できます。だから、人間がコンピュータに負けだしてきています。


 ただ、計算するには数字か言語のどちらかで表現する必要があります。逆の言い方をすれば、数値化、言語化のいずれも出来ない分野はAIに任せることは出来ません。将棋やチェスでは世界一の人がAIに負ける一方で、翻訳ソフトは私にすら勝てません。それは何故かというと、計算しにくいからです。言語化した時点である程度は計算できるのですが、やはり計算できない部分が残ってしまいます。


 では、練習計画はどうでしょうか?


 練習計画はせんじ詰めれば、質と量の組み合わせです。ということは、計算で最適解が導き出せそうな気がします。しかし、残念ながら実際には無理です。何故なら、トレーニングというのは、「これさえやればだれもが記録を伸ばせる」と言える練習計画はないからです。


 何が適切な練習計画であるかは、こちらとの関係性で決まるのです。こちらの現在の走力、過去のトレーニング歴、現在の体のコンディション、昨日からの練習の回復度合い、一昨日の練習からの回復度合い、遺伝子情報、そして、見逃してはいけないのは、人間には心があることです。心理状態が練習に影響を与えます。やる気があるとかないとかそんな単純なレベルではありません。潜在意識に入っている信念体系、仕事のストレス、人間関係、気分そういったものの全てが影響を及ぼします。


 そして、重要なことはこれらのすべてを数値化することも言語化することも出来ないということです。一見すると、心拍数を測ることは客観的なデータとして有用な気がします。


 しかし、実際にはそうではありません。血中乳酸濃度も同様です。確かにデータをとれば、心拍数も血中乳酸濃度も正確に出ます。しかし、それはデータの一部でしかありません。人間の体は複合的に働いており、そんな一つのデータで測れるようなものではないのです。


 また、データをえられたとしてもそれを最終的に判断するのは誰なのでしょうか?そういったデータを手にして明日の練習内容を決めるのは誰なのでしょうか?


 これまでは人間がやってきました。それをAIにやらせれば、最適な答えが導き出せるでしょうか?


 無理でしょう。一番単純な理由はデータの入力が出来ないからです。今日の練習の疲労感を5段階や10段階で示すことは出来ます。しかし、そうやって言葉にした時点でそこに主観が入ります。いわゆる根性無しは主観的強度を高めに申告するでしょうし、いわゆる根性のある選手は主観的強度を低めに申告するでしょう。これは嘘をついているのではありません。本当に感じ方が違うのです。


 しかし、どちらが強くなるかはよく分かりません。根性のない選手は泣きじゃくっていかにも無理ですという感じでやっているから、指導者もこれ以上はやらさないでおこうと思ってやらなさいかもしれません。しかし、本人が泣きじゃくっているのとは裏腹に、本人に根性がないだけで、実はそれが最適な練習の負荷なのかもしれません。


 逆に根性のある選手は何食わぬ顔で、どこ吹く風という感じで練習をこなしていくけれど、実は根性があるだけで、体には負荷がかかりすぎており、目標とするレースでは結果を出せないかもしれません。


 主観的強度は数値化した時点で、主観が入るのです。だから、客観的な数字として生化学的なデータを出すということになるのでしょうが、生体に関するすべてのデータまでは出せませんし、出したとしてもそのデータに基づいて判断するのは、人間もしくはAIです。その時に、AIは人間以上に正確な判断が出来るのでしょうか?


 そして、忘れてはならないのは、AIの思考の仕方を決める計算式=プログラムを作るのは人間だということです。確かにAIは自ら考えます。しかし、その思考の形式を決めるのは人間です。AIはプログラムにないことを決して考えたりしないのです。では、どのようなプログラムを考えれば良いのでしょうか?


 私はAIが人間よりも正確な答えを出せるとは到底思えません。何故なら、明確な計算式にできない限りは、AIよりも人間の方が正確な判断が出来るからです。

AIの対極にあるもの

 このことは職人の世界を見ればすぐに理解していただけると思います。職人さんは体で仕事を覚えていきます。体で覚えていくので、なかなか言葉には出来ませんし、アルバイトに務まる仕事でもないので、チェーン店展開も出来ません。


 しかし、その代わりAIにも、他の人間には出来ない芸当を見せます。こういった職人芸というのは計算して導き出せるものではなく、人間の感性や感覚をふんだんに使って作り上げていくものなので、今後もAIには無理な分野でしょう。


我々が必要なものは?

 では、我々が必要なものは何でしょうか?


 私たちが必要なのはAIでもなければ、職人さんでもありません。その中間にあるものです。綿密に計算して適切な答えが出せるようなプログラムは作れません。無理やり計算式を作ってAIを作ろうと思えば作れますが、かなり不正確になります。


 一度ライザップのAIで自分の体重があとどれだけ落とせるか調べたことがありますが、結果は12キロは落とせるとのことでした。


 冗談じゃない、あと12キロも落としたら身長167センチの体重47キロでガリガリ君になってしまいます。また、私は自分の経験からベスト体重は59キロだと知っていました。


 計算式を単純にすれば一応答えは出せるのです。しかし、それが適切であるかは全くの別問題です。そもそもの話をすると、AIに考え方を教えるのは人間です。


 ということは、プログラミングする人は長距離走・マラソンにかなり精通していないといけません。しかも、同時にその人は数学やコンピュータプログラミングに精通していないといけません。そんな人が今まで日本にいたでしょうか?


 答えは否です。


 ドイツ軍の暗号解読においても、その解き方を考案したのは人間です。ただし、24時間以内に解読しないと設定が変わってしまうので、人間の計算処理速度では追い付かなかったのです。解き方は機械に教えて、計算は機械に任せたのが始まりです。つまり人間の得意なところと、機械の得意なところを組み合わせたのです。


 また、AIのメリットの一つは、複製です。つまり本来なら一対一で処理していくところを機械に任せておくことが出来るのです。よくある質問と回答などの簡単なものであれば、充分にAIで対応できるでしょう。AIで対応できないものだけを人間が対応すればよいということになると人件費が削減できます。


 結局、このように考えていくと一番手っ取り早いのは人間に考え方を教えて、人間にやってもらうということです。つまり、長距離走、マラソンをやる本人に考え方を教えて、あとは本人が答えを見つけていけば良いのです。


 適切な練習計画を考えるにあたっては、計算処理速度や記憶力はそれほど大きな問題ではありません。コンピュータにやらせなくても、人間の頭で充分に処理できるのです。そして、人間は言葉にしたり、数字にしたり出来ない曖昧な領域を判断したり、全体的に判断したり、他の情報と関連付けて判断することが得意です。


 「もういい!」という女性の言葉はたいてい「もう良くない」ことは人生経験を積むうちに分かってきます。そして、本当に「もういい」のか「もう良くないのか」はなんとなく、表情や言い方、しぐさで分かるようになっていきます。こういった全体的な判断、言葉にできない判断はAIよりも圧倒的に人間の方が得意です。


 ということは、人間に最適な練習計画を導き出す思考の仕方を教えて、あとはそれぞれの頭で考えてもらった方が速いし、正確なのです。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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