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驚異のハーフマラソン63分09秒!史上最強の国立大学帰宅部生が曝露した効率的な練習を組む5つのポイント!

 2014年谷川真理ハーフマラソン


 赤羽の橋をスタートして河川敷のサイクリングロードで開催された草レース。前年のモスクワ世界選手権で18位に入った川内優輝選手以外は有力選手も出場しておらず、実業団選手も箱根組も出ていないそのレース、当然誰もが川内優輝選手の優勝を疑いませんでした。


 それ以外の有力選手は現在駿河大学の駅伝部の監督でまだ現役時代とそう変わらぬ健脚を披露し、レースにもよく出場されていた徳本一善さん、日税ビジネスで働きながら、マラソンで2時間13分をマークしていた松本翔さんでした。


 ところが、レースでは大きな異変が起きていました。レースが始まり、いきなり川内優輝選手が飛び出し、それにどこのチーム名も入っていない坊主頭の選手が一人ついていきました。レース序盤に力のない選手が目立ちたがりな気分から、あるいは川内優輝選手と一緒に走って思い出を作りたいという思いから初めから飛ばしていくことはよくあることです。


「えっ、あいつヤバくない?」


「あいつ、絶対ドーピングやってるよ」


 そんな会話が徳本監督らの間でなされていたのは第二集団、なんと折り返し地点を越えてすれ違う際、単独で先頭を走っていたのは、その無名の坊主頭。チーム名も記されていないユニフォームで所属も不明、そんな坊主頭が淡々と自分のリズムを刻んでいました。


 そんな様子はつゆ知らずのレース会場、川内優輝選手を一目見たさに、多くの人がゴール手前の道沿いに詰めかけていました。今か今かと川内優輝選手を待ち構える沿道の人々の目に映ったのは先導の自転車。そこで、人々の顔がパーッと明るくなり、そして次の瞬間、キョトンとした顔に変わりました。


 騒然となるのでもなく、盛り上がるのでもなく、その場の雰囲気は「えっ?」「誰?」「えっこれ先頭?」という空気に変わりました。


「実業団トップ選手の出場していない市民マラソンだし、当然、川内選手が1位で帰ってくるだろうと待ち構えていたら、見たことのない選手がぶっちぎりでゴール。会場中が『あれは誰?』とキョトンとしていました(笑)」


 その時、現場にいた週刊プレイボーイの記者はそう語りました。


 トップでゴールし、ハーフマラソン63分09秒という記録をマークしたのは京都教育大学の2回生池上秀志。陸上競技部には所属せず、京都教育大学には一般入試で合格。高校時代は高校の100傑にも入らず、部員の約半数が毎年箱根組となる洛南高校陸上競技部においては稀有な陸上競技も用いた推薦入学やAO入試ではなく、一般受験での進学でした。


 大学に入ってすぐにハーフマラソンで66分27秒で走るが、正直同年代の箱根組の学生と比べても平凡なタイム。それが自己流の練習でわずか1年半で当時箱根駅伝に出場する選手の大半よりも速い63分09秒をマークしました。


 今回はそんな池上秀志選手の効率の良い練習を組むための5つのポイントを解説したいと思います。


 先ず、一番初めに理解して頂きたいのは池上選手は初めから効率よく練習していた訳ではなく、むしろ逆で物凄く練習する割には結果が出ないキャラでした。周囲の選手からも「お前はホンマにあほ」「いい加減学習しろよ」と何度となく言われるくらいのあほでした。


 中学時代の恩師には「お前には遊びがない。遊びハンドルも必要なんや」と言われ、高校の恩師には「お前は休むことを覚えたら一流選手になれる」と言われ、その両方の恩師から「ゴムひもは伸ばし続けたら切れるやろ?ゴムひもを遊ばせることも大切なんや」と言われるくらい、練習だけ頑張って試合ではイマイチというキャラでした。


 大学に入っても、そのパターンは続いていました。


 ここまでお読みになられた方の大半が「はいはい、そういうことね。休むことも練習ってそういうことが言いたいんでしょ?そんなこと分かってるよ」とか「はいはい、どうせ超回復の原理について解説するんでしょ?そんなこと言われなくてもとっくに知ってるよ」とおっしゃると思われると思います。


 ですが、話はそう単純ではないので、必ず今回の記事を最後までお読みください。


 話を元に戻しますと、確かに池上選手は頭のネジが何本かぶっ飛んではいましたが、物凄く馬鹿でラクダ並みの知能しかないというほどではありませんでした。


 彼は大学入学以降良くも悪くも誰も練習内容を与えてくれないという状態になった訳ですが、それをプラスと捉えて、量を増やしたり、減らしたり、質を上げたり、落としたり、色々なパターンを試しました。レースの3か月前、2か月前、1か月前とそれぞれで練習のやり方を変えながら、一本のレースで最高の走りが出来るように準備をしたり、調整のやり方を何パターンも変えてみたり、ありとあらゆるパターンを試してみました。


 また、この際に一つの条件がありました。それはそれ以上は練習の負荷を上げてはいけないということです。池上選手の場合は、努力していないから結果が出なかったのではなく、寧ろ目一杯練習しても結果が出ないか、やり過ぎて寧ろマイナスになっていることが多かったのです。ですから、練習の負荷はそれ以上は増やせません。


 そして、練習のやり過ぎは確かに良くありませんが、厚底シューズがまだ出る前のその時代のハーフマラソン63分09秒はそんな簡単に出せるようなものではなく、練習をやり過ぎていたから結果が出ないからと言って、じゃあ練習しなかったらハーフマラソン63分09秒で走れるのかというとそんな甘いものでもありません。


 つまり、常に適切な負荷の総量を見つけながら、その中で更にその組み合わせを考えるという必要性に迫られたのです。


 重要なことをもう一度書かせて頂きます。ただ単に、余裕をもって練習すれば良い、練習の負荷を落とせば良いというのではなく、しかしながらそれ以上は練習の負荷を上げられないという条件の中で、その練習の組み合わせだけを変えて結果を出す必要があったのです。


 要は、無数に考えられる選択肢の中から、どういった単一のワークアウトをどの順番で並べるのかということです。


 そして、その試行錯誤の中から以下のことが重要であることを導き出したのです。初めから簡単に答えにたどり着いた訳ではなく、試行錯誤の中から生まれたものであるので、単純にこれが大事!と言い切れるようなものではなく、○○ではなく○○が大切という類のものです。


1つ目:ただ漠然と練習するのではなく、構造化されたシステムを持つことが重要である

 一つ目のポイントはただ漠然と練習するのではなく、構造化されたシステムを持つということです。これは物凄く単純な理屈で、その日の思い付きだけで練習するのではなく、目標とするレースから逆算して、常にレースの4か月前にはこういった練習をする、レースの3か月前にはこういった練習をする、レースの2か月前にはこういった練習をする、レースの1か月前にはこういった練習をするといったシステムを持つことが重要であるということです。


 あるいは、自分の体や直近の練習状況がこういう時にはこういう練習をするというある程度の上手くいくシステムを持つということです。システムを持つということの意味は再現性を高めるということです。試行錯誤をするのは良いことなのですが、その時に大切なのは長距離走、マラソンにおけるスパンを理解することです。


 よく、マラソンの調整においては4日前にこれをやれば良いとか、2週間前にこれをやれば良いとか言いますが、これはあまり意味のないことです。


 何故ならば、長距離走、マラソンというのは7日前にこれをやれば結果が出るとか2週間前にこれをやれば良いとか3週間前にこれをやれば良いとかそんな短期的なスパンで捉えるべきものではないからです。


 人間の体はそんなに短期間で持久力がついたりしません。その代わりと言ってはなんですが、長期にわたって適応し続ける期間は短距離と比べるとはるかに長期にわたって適応し続けます。短距離ももちろん、トレーニングによる適応はあるのですが、中学高校の多くの指導者が「長距離は努力で速くなるけど、短距離は正直初めからある程度決まっている」と言うのには、この適応し続ける期間の長さの違いがあるのでしょう。


 いずれにしても、長距離走、マラソンは最低でも3か月から半年のスパンで捉える必要があります。これは最低の話であって、この3か月から半年のスパンを何度も何度も回し続けて、長期的な進歩を図ります。


 更に言えば、試行錯誤する際も3か月から半年というスパンで物事を考えないと試行錯誤したことになりません。この3か月から半年のトレーニングをどういう風に組めば良いのかという全体構造で捉えるべきで、決して短絡的に1か月特定のインターバルをやってみたけれど、結果に繋がらなかったから自分には合わなかったというような結論に至るべきではないので、あくまでも重要なのはこの3か月から半年の構造を理解することです。


 そして、更に言えば、この3か月から半年の構造は各週の構造の組み合わせです。全体構造は部分構造から構成されるので、やはり週の構造を理解することも大切です。単純な構造としては、基本的にはトレーニングの大半は中強度以下のトレーニングであるべきです。


 池上選手が過去60年間の1500mからマラソンの、アフリカ人からアングロサクソン5か国の選手から、その他ヨーロッパの選手から、日本に至るまでの様々な人種と年代の選手のトレーニングを分析した結果、だいたいレースペース以上の練習とレースペースよりも遅いペースの比率は95:5でした。レースペースの練習が多めの人でもせいぜい10%程度で90%はレースペースよりも遅いペースの練習です。


 週間プログラムの単純な構造はこれに従い、高強度な練習は週に2回程度で、それ以外の練習において低強度から中強度の練習を巧妙に組み合わせていくことが大切です。ちなみにですが、高強度か休養かという練習のやり方は長距離走には適しません。


 あくまでも、中強度の練習を中心に、低強度と高強度で挟んでいくのが正しいやり方です。


 そして、この週2回の高強度な練習に関して言えば、常に基礎から実戦へと移行させていくのが正しいやり方です。実戦的な練習というのは要するに、レースに極めて近い練習です。例えば、マラソンを例に取るなら、ハーフマラソンまでをマラソンレースペースで走るとか、5000mで言えば、1000m5本を1分休息で繋いでいくなどの練習です。


 一方で、基礎練習というのはレースから遠い刺激です。長距離走、マラソンにはそれがどの種目であれ、どんな目標タイムであれ、速くと長くという二つの要素があります。例えば、800mという距離は大半の市民ランナーの方にとっては物凄く短く感じ、一瞬で終わるように感じると思いますが、それを2分ちょうどで走ることは簡単なことではありません。


 一方で、1キロ3分ペースというのは800mを1分50秒で走るランナーにとっては物凄く遅く感じられると思いますが、そのペースで42.195キロを走り通すことは簡単なことではありません。


 つまり、800mからマラソンに至るまで出場する種目をなるべく速く走るということが求められ、その基本要素としては長くゆっくり走るか短く速く走るのかの二つの要素が求められるのです。どの程度長く、どの程度速く走るかはその人が出場する種目と目標によって変わりますが、短く速くとゆっくり長くを組み合わせながら、最終的に長く速くを目指すという点については、一切変わりがありません。


 そして、3か月から半年のスパンにわたって常に基礎から実戦へと徐々に移行していくのが基本です。その意味は、常に全力で練習をするのではなく、体に余裕を持たせながら再現性の高い練習を組み合わせながら、普段の自分にはできもしないようなことを達成するのがトレーニングの構造を持つということです。


 例えばですが、池上選手がハーフマラソン63分09秒で走る前のトレーニングにおいては練習では10キロでさえもレースペースで走れませんでした。8キロでも無理でした。普通の人は8キロですら1キロ4分ペースで走れなければ、レースではハーフマラソンを1キロ4分ペースで走り切ることは出来ないと考えるでしょう。


 しかし、本当はそうではないのです。


 何故なら、練習とは単一で考えるものではなく、構造全体で考えるものだからです。それが構造を持つということの意味であり、その心は再現性を高めることです。体調が良い時だけ、調子が良い時だけ、練習会の時だけ出来る練習に依存せずに、コンスタントに自分一人でも出来る練習を上手く組み合わせる構造を持つことが大切なのです。


二つ目のポイント:常に全力で練習をするのではなく、練習の目的を明確にする

 これは一つ目のポイントの構造を持つということにも関連するのですが、練習計画全体の構造を持つ場合、それぞれの練習にはそれぞれの目的があるはずです。つまり、ゆっくり長くと短く速くを組み合わせることを基本とした場合、どの程度ゆっくり走るのか(どの程度速く走るのか)とどの程度長く(短く)走るのかということが常に考えられるべきです。


 この場合、練習は長ければ長いほど良いのでもなければ、速ければ速いほど良い訳でもありません。自分がその練習でどの程度長く走るのか、どの程度速く走るのか目的を明確にして取り組むので、常に全力で練習する必要がありません。


 こうすることによって、必要な刺激を体にかけながらも、いざという時の為に常に余力を残し、オーバートレーニングや故障のリスクを最小限に抑えることが出来るのです。


3つ目のポイント:運動生理学ではなく実践的観点を重視する

 運動生理学が発見した三大発見は、最大酸素摂取量、乳酸性閾値、ランニングエコノミーの3つです。それに加えて、心拍数なども含まれるでしょう。こういった発見がなされた時、多くの科学者たちが興奮しました。こういった指標が計測可能になれば、万人に適したトレーニングを簡単に作れるだろうと。


 市民ランナーの方も『ジャック・ダニエルズ博士のランニングフォーミュラ』をお読みの方はそう思われている方も多いです。実際に、こういった考え方は間違ってはいません。しかしながら、最大酸素摂取量よりも、乳酸性閾値よりもランニングエコノミーよりも大切なことがあります。それは実際に自分の目標を達成するために理に適った練習になっているかどうかです。


 実際に、マラソンでサブ3を達成するかどうかにおいて重要なことは、最大酸素摂取量を向上させることでも、乳酸性閾値に到達する瞬間の走行速度を後ろにずらすことでもありません。実際に、1キロ4分15秒ペースで42.195キロを走り続けることが可能になるだけの身体能力を持つことです。


 もちろん、その過程において様々な運動生理学的な向上は起こります。しかしながら、それはその過程において勝手に起こることであって、それが最終ゴールではありません。


 ですから、1キロ8本を4分ちょうど2分休息で行う練習が最大酸素摂取量の向上に非常に有効な練習だからと言って、それがハーフマラソンやマラソンにとってのベストな練習であるとは限りません。


4つ目のポイント:肉体的な素質ではなく頭で闘う

 4つ目のポイントは肉体的な素質ではなく、頭で闘うということです。もしも、どういった練習が理に適っているかを考えずに、修行のようにやみくもに体をいじめ、負荷をかけ、鍛えることを目指すなら、おそらく先天的な素質が大きくものをいうでしょう。


 人間には誰しも生まれ持った遺伝子というものがあります。そして、どういった遺伝的形質を両親から受け継ぐかは私には選べません。そもそも、両親を選ぶことは出来ません。だからこそ、「親ガチャ」という言葉も生まれたのでしょう。


 そして、もしも自分に合った適切な最高の練習方法を見つけようと努力せずに、ただただランダムに鍛えるだけ鍛えるのであれば、それはやはり運を天に任せることになります。運を天に任せる場合、持って生まれた遺伝子と同じで、あなたの成功は運任せになるでしょう。


 ここで重要なのは、どのような遺伝子を持って生まれるかは選べないけれど、どのような遺伝子を発現させるかは自分で選べるということです。人間はおよそ99%の遺伝子が眠った状態にあると言われています。この眠っている遺伝子を発現させる、つまり実際に能力や身体的特徴として現れるかどうかは、トレーニング次第です。


 トレーニングというのは自分の体内に眠っている持久力に関係する遺伝子を発現させることです。自分に合った練習計画、効率の良い練習の組み合わせとは自分が持っている持久力に関係する遺伝子を最大限に発現させることなのです。


 このように書くと、少なからぬ人が「それならやっぱり素質のある人しか出来ないんじゃないか」と思われると思います。しかし、そんなことはないのでご安心ください。池上選手も含めて99.9999%の人間は所詮は平均的な人間です。


 その訳をお話ししましょう。


 漫画やアニメのようにある特定の、単一の「持久力の遺伝子」というものがある訳ではなく、体に関係する数十から数百はあると言われている遺伝子の総合で決まります。そして、それらは二択であることもあれば、三択であることもあれば、四択であることもあります。


 例えば、よく知られているのはアルコールの分解酵素に関する遺伝子で、これが二つある人はめちゃくちゃお酒に強い、一つしかない人は中くらい、全くない人は下戸と呼ばれる人でアルコール度数3%のほろ酔いを飲んで本当にほろ酔いになる、もしくはしっかりと酔っぱらう人です。


 持久力に関係する遺伝子はそもそも数十から数百あると言われており、それぞれがあるかないかの二択であるものもあれば、複数の段階に分かれているものもあります。


 ここでは簡単な概算をしてみましょう。仮に、持久力に関係する遺伝子が100個あるとしましょう。そして、それぞれが持久系競技に向いているか向いていないかの2択であるとしましょう。


 そうすると、その全てにおいて持久力に優れている遺伝子を持つ可能性は2分の1の100乗です。つまり、1267650600228229401496703205376になります。私も単位というか読み方が分かりませんが、桁で言えば31桁です。10億のオーダーが7桁ですから、とりあえず地球の人口の70億なんてゼロに等しいくらいのちっぽけな数字になります。


 つまり、この地球上には持久系スポーツにおいて完璧な遺伝子を持っている人がいる確率は天文学的に小さいということです。考えてみれば、エリュ―ド・キプチョゲ選手も2番目に速い選手や3番目に速い選手とそう大きくは変わらないので、まあそんなもんなんでしょう。いくら素質があるとはいえ、この全宇宙に存在する可能性と比べればちっぽけなものなんだと思います。


 そして、大抵はある遺伝子に関しては持久系競技に向いているけれど、ある遺伝子に関しては持久系競技に向いていないということで、相殺され続け、結局私を含む大半の人間が平均的な人間です。だいたい皆エリュ―ド・キプチョゲ選手よりは遅いけれど、犬よりは速いどこかに位置付けられます(短距離じゃなくて長距離ですよ)。