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ウェルビーイングライオンズハーフマラソン自己ベスト

こんにちは!


 今日は実はウェルビーイングラオインズの自己ベスト祭りの日です。


 私は山口県で開催される全日本実業団ハーフに出場してきました。洛南高校の先輩方も3名走っておられ、他にも知り合いがいて楽しい大会となりました。自己ベストというよりは起業後ベストなのですが、66分08秒でゴールしました。


 もうプロ復帰すると決めたので、起業後ベストという言い方もあまり良くないとは思っていますが、本当に体がボロボロになって、1キロ5分ペースでも走れない日があった2019年のあの日々から少しずつ体を戻してきて、こうやってまた元気に走れるようになったのは嬉しいことです。


 今回のレースの目的はあくまでもマラソンの為の特異的スピード練習です。ですから、マラソンレースペースの102%から103%あたりを目途にスタートしました。具体的には65分ちょうどから65分40秒までの間です。ですので、不満なレースではあります。


 今回は調整も何もせずに四日前に1000m8本を1000mつなぎの変化走、合計15000mを平均3分08秒毎キロでやっていました。前日までその疲労を抜くために1日2回25キロ前後低強度走をして臨みました。


 4日前の変化走も序盤からかなり脚が重い状態で無理じゃないかなと思いながらも最後まで粘り切ったパターンだったので、今日のレースも前半から苦しくても落ち着いて最後までリズムで押し切ろうと思っていました。


 全日本実業団ハーフは200名くらいが一斉に競技場スタートするので少し不安もあり、こけないようにと思ってスタートしましたが、私が遅かったこともあり、全く問題なく2レーンの内側くらいを接触もなく600mくらい走って競技場の外側に出ていきました。


 今までそんなことは一回もなかったカロスペース2(GPS時計)が何故か今回のレースに限ってスタートボタンが押せないアクシデントに見舞われ、スタートできなかったのでタイムは観ずに自分の感覚だけを頼りに走りました。


 なんかボタンが埋まってしまって押せなかったんです。


 3キロくらいですでに脚が重かったので、泣きそうになりましたが、「大丈夫、大丈夫。予定通りやから」と自分に言い聞かせて淡々とリズムで刻んでいきました。初めの5キロの通過が15分50秒、ただこれは後から確認したタイムでその時は分かりません。


 コースは初めの5キロが登りなのでここが一番遅くなるはずです。その後は下りに入ってペースをあげ7キロの通過は21分55秒です。ここは時計があって、確認することが出来たので思ったよりは遅いなと思いましたが焦らずに行きました。


 実はこの辺りで左足に力が入らなくなる症状が出てきたので、また少し焦りそうになりましたが、とりあえず折り返し点の12キロまで我慢すれば大丈夫と言い聞かせひたすら我慢を続けました。


 今回幸運だったのはちょうど良い選手がいて、その選手についていけば良い展開だったことです。後ろにつかせてもらってなるべく力を使わずに行きました。8キロくらいで、前から落ちてきた選手がいました。見覚えのある選手です。


「一緒に行こうぜ、上村」と声をかけると「はい!」と返事をしていました。私が誰か分からなかったのでしょう。


 上村和生君は美馬商業高校の出身で、東洋大学には特待生で進学し、寮費免除、学費免除、お小遣い付きの条件で入ったと風のうわさで聞いています。全日本大学駅伝でも優勝のゴールテープを切っており、見事にその仕事を果たしたと言えるでしょう。


 洛南高校と美馬商業は毎年夏の合宿を共に行い、上村君とはまだ上村君が上村君になる前から汗を流した中です。ただ、こういうのは上に行く人間は下の人間のことを覚えていないものですし、またそれだけの向上心が無いとやっていけない世界でもあります。向こうは私のことを覚えていないかもしれません。


 折り返し点が12キロくらいにあり、折り返してからはたった9キロと思うと気持ちが楽になりました。この辺りはマラソントレーニングをしていると得な部分ではあります。40キロ走、30キロ走を定期的にやっていると21キロは短く感じる部分はあります。


 そこから更にリズムを上げてペースを上げていきました。3分4秒、5秒を安定して5キロくらい続けていきました。折り返し点手前で抜いてきた選手を一人無視していたのですが、折り返してからはついていけると判断し、後ろにつかしてもらい、ペースが落ちたなと思ったら自分が前に出て一緒に15キロを通過しました。


 ただ、この選手が後から記録を見ると洛南高校の一つ上の小山陽平さんでした。気づかなかず、挨拶もしなかったので後から怒られるのではないかと今だに反射的に思ってしまいます。まあでも普通に久しぶりにご一緒に走らせて頂けて嬉しかったので、それならレース中に知りたかったです。そしたら、もっと楽しんで走れたんですけど。


 15キロあたりに跨線橋があり、アップダウンがあるのですが、ここの登りで少しまたダメージをくらいましたが、下りでリズムを戻すように意識しましたが、どうもここでリズムが戻らなかったようです。16キロ地点を過ぎるとコースは左に曲がり、ゴールの維新祈念公園陸上競技場までは直線です。


 ということは、ここで一度リズムを掴めばそのままゴールまで同じリズムでいけるということです。ところが、あとでタイムを見ると15キロから20キロで15分49秒もかかっています。何故、ここでもっと強気に攻めていかなかったのか、いや前を追いかけたつもりではあったのですが、自分も苦しかったのと下手に前との差が詰まったのも良くなかったのだと思います。


 てっきりそこそこのペースで行っていると勘違いしてしまいました。元々練習として出場していたので、あと6キロ良いペースで走り切れば良いやと言う気持ちが出たり、前半から脚が重いのを粘りに粘っていたので、早くその苦しみから解放されたいと思ったり、差し込みもきていてやはり、早くその苦しみから解放されたいと思ったり、総じて気持ちが後ろ向きになっていました。


 少しでも苦痛を和らげようとリラックスを心がけて力を抜くようにと集中はしていたのですが、もうちょっと攻めても良かったかもしれません。今日は元々後半抜いていく予定で、5キロ通過から比べると30人くらいは抜いていました。最後の5キロでももうちょっと抜いていけば良かったのですが、ちょっと前が遠かったというのもあります。


 視界の中には入っていてそれが徐々に大きくはなっていたのですが、追いつける距離ではないかなという感じでした。でも残りの距離も短かったので、もうちょっと追いかけても良かったかもしれません。行けたかどうかは分かりませんけど。


 それが19キロからは変わりました。19キロまで来たら残り2キロ1本だけですし、またゼッケンナンバー110番の市田選手とも競り合っていました。前から明らかに動いていないゼッケンナンバー53番も落ちてきていました。


 53番ということはハーフマラソンで62分前半の記録は持っているはずです。とりあえず、この辺りで競り合えば何秒かは削り出せると思い、前を追いかけました。競技場に入る手前で53番に追いつきましたが、そこからは向こうもペースを上げてきました。


 特異的スピードに課題は残していたものの基礎スピードはそれなりにやっていたので、ラスト400mは最高で66秒であがれるとは思っていました。相手のペースアップに自分ものっかりました。ラスト300mなんとかついていきました。ここで110番は視界には入っていませんでしたが、ラスト250mで後ろでためられている気配は感じました。


 とは言え、ここで落としても仕方ありません。ラスト200mで更にペースを上げました。これが私の最後のギアです。ラストの直線に入ると嫌な予感は的中し、後ろから110番に抜かれました。いや、読んではいたので抜きにくいように私がやや外に寄ったところに内側から抜かれてしまいました。私のボーンヘッドです。


 結局53番の1秒後ろに私、同タイム着差ありで110番市田選手に遅れを取ってしまいました。


 それでも最後の1.0975キロは3分14秒とここで10秒以上は貯金を作れています。


 結局、マラソントレーニングの中で基礎持久も、特異的持久も、基礎スピードも大丈夫だけど、特異的スピードのレベルは1,2段下という評価だったので結局その通りになってしまいました。


 あと1分くらい速いタイムで走れていればマラソンに向けて思い残しはなかったのですが、次への課題です。


 いずれにしても、マラソンで本当に記録を出したいのであれば、5000mや10000mでもっと走れるように戻していかないとマラソンでも記録を伸ばすことは出来ません。そして、5000mや10000mにむけて練習をする場合、スピード持久練習のペースが少なくとも当面は1キロ3分10秒前後になるはずです。


 5000mや10000mのレースが近づくにつれて3分5秒ペース、3分ちょうどへと上げていきたいところです。こうなってくると、ハーフマラソンやマラソン練習にもつながってきます。ただ練習の位置づけとしてはハーフマラソンやマラソンを中心に見るなら特異的スピードになるし、5000mや10000mを中心に見るなら特異的持久練習になります。


 そうやって、向こう一年くらいのスパンで何をやるべきか、何が課題になっているかが分かっているので、階段は一段ずつ登っていけば良いと思っています。


 陸上界は狭いので今回もまた懐かしいお顔に会えてご挨拶させて頂くことが出来、また頑張ろうと思えるきっかけになりました。全ては書ききれませんが、一人だけ書かせて頂くとトヨタ九州のコーチ磯松さんに挨拶させて頂くことが出来ました。


 私のことなんか覚えていないんじゃないかと思いつつも目が合うと「おっ池上!久しぶり」と声をかけて下さいました。


 磯松さんはコニカミノルタの監督をされていた方で、私もてっきり今でもコニカミノルタの監督さんだと思っていたので、コニカミノルタを探していたのですが宇賀地強さんしか見当たらないので、今回は監督は来ていないのかと思いました。


 磯松さんはコニカミノルタの監督時代に私にコニカミノルタに来ないかと声をかけて下さった方です。コニカミノルタは今も昔も歴史があり、強い選手が多数在籍する名門中の名門です。


 ちなみに、日本の実業団チームの大半が第三セクターか工業製品を扱っている会社です。第三セクターというのは半官半民のことで、NTTとかJR東日本、大阪ガス、中国電力、佐川急便(SGホールディングス)のような行政サービスに近いけれど、民間企業の会社、それからヤマダ電機、パナソニック、ビックカメラ、ホンダ、トヨタ、三菱重工、スバル、ダイハツのような工業製品を扱う会社です。コニカミノルタは電化製品の中の半導体部品をメインに作っている会社です(のはず)。


 実業団チームというのはそのくらい経営基盤が安定しています。高度経済成長の波にのって大きくなった会社か、生活に必須のサービスを提供している会社です。


 コニカミノルタは歴史も古く、また私が学生の頃はニューイヤー駅伝で優勝しており、優勝したその年にお声がけ頂いたので名実ともに日本一のチームです。当時ハーフマラソンの学生ランキングは30番台くらいでしたが、5000mは14分20秒と遅く、コニカミノルタのような名門が欲しがる選手ではありません。


 そんな私に磯松さんが声をかけて下さったのは、「お前のように才能はないけれど、根性のある選手を育ててみたい。そっちの方が指導者としての俺の評価も上がるから」とのことでした。


 どうでしょうか、皆さんは。こういわれて嬉しいでしょうか、嬉しくないでしょうか。


 嫌な人は嫌だと思いますが、私はその言葉にグッときました。指導者の評価を上げようと思えば、一番は弱い選手を強くすることです。しかし、これは簡単なことではありません。それにその時の採用枠は2枠しかなくて1枠はもう皆様ご存知の神野大地君で決まっていました。もう1枠を私に使うというのはかなりの評価なのです。


 私はこの人に人生賭けても良いかなと思ったのですが、肝心の磯松監督も全てが全てやりたいとおりに出来ている訳ではないことをなんとなく感じました。磯松監督も一巨大企業の中間管理職なのです。


 肝心の磯松監督が好きなようにやれていないのであれば、そこに人生を賭ける価値はあるのか、私はそう考えた結果別の道を選びました。


 そんなことも私なりにずっと気にはかかっていたのです。自分を評価して頂いたことをずっと感謝しており、レースでお会いできそうな時は手土産もって挨拶に行かせて頂いたりもしていました。


 しかし、磯松さんからすると田舎の国立大学生に名門コニカミノルタが断られたという気持ちは残ったのではないか、そんな気持ちがあったのですが、今回トヨタ九州に移られたこともあって、「磯松さんに人生を預けても良いかなと当時は思っていたけれど、磯松さんも好きなように出来ている訳ではなさそうだったので別の道を選んだ」とお伝えさせて頂きました。


 そうすると、磯松さんも「二十歳でちゃんとそこまで考えてたか。実は俺もお前はコニカに来てもダメだったんじゃないかと思う。監督という立場上、全体を見ながら色々と考えていかないといけないこともある。全部が全部好きなようにやれるわけではない」とのことでした。


 同時に「まだ29歳なんだから、これからまだまだやれるよ」とも言って頂き、胸のつかえがおりました。


 因みに先日克己会員様限定で低強度走の走り方についてお伝えさせて頂きました。低強度走を有効に活用することで、筋肉の張りも取れやすくなり、高強度な練習からの回復を促進することが出来ますが、それも走り方がちゃんと出来ていればの話なんです。綺麗に走れていないと疲労も取れません。


 二十歳の頃、漠然とそうだとは思っていましたが、やはりそれを教えて下さったのが磯松さんなんです。当時コニカミノルタではビートランニングという動きづくりをやっていました。市民ランナーの方向けにもうちょっとアレンジしたものをお伝えさせて頂く講習会も近々やろうと思います。


 さて、私の話ばかりで長くなってしまいましたが、私よりも凄いのが弊社副社長の深澤哲也です。本日ハーフマラソンの記録を約6分更新する71分50秒の自己ベストを更新しました。



 元々京都府高校駅伝で区間賞を獲るだけの力もありましたが、そこから8年間のブランクを経て走り始めた時は5キロが18分半とかそのくらいだったと記憶しています。つまり、今のハーフマラソンのレースペースよりもはるかに遅かったんです。


 しかも、それがたった2年半前とかそんなんです。高校生は長くても10キロまでしかやらず、深澤は5000mまでしか主にはやっていなかったので、ハーフマラソンは未知の距離ですが、3年経たずにここまで持ってこれたのは凄いと思います。


 深澤には直接色々教えたこともありますけど、基本は放置でウェルビーイングオンラインスクールトレーニングプログラムビルダー中長距離トレーニングのイロハ、このあたりを中心に受講してもらって自分で考えてもらっています。私としても自分が考案したアマチュアランナー用トレーニングシステムの威力が確認出来て非常に嬉しい限りです。


 本当に長距離走の魅力ってほんの数年前まで5キロでいっぱいいっぱいになっていたペースでハーフマラソン走れるようになったとか、マラソン走れるようになったっていう伸びしろの大きさだと思います。短距離だとめちゃくちゃ速くなっても100m3秒とかですし、100m3秒速くなっても実感としてはそんなにないのではないでしょうか。


 長距離走の場合は5キロ地点で「死ぬー」ってなってたのが余裕以て通過して行ってハーフマラソンとかマラソン走れるようになるのでもう完全に別人ですよね。


 一人でも多くの方にその感動を味わっていただきたいと思います。そんな訳で、長距離走、マラソンが速く走れるようになるトレーニングシステムを解説する集中講義を多数ご用意しております。


 これらの集中講義は有料となっておりますが、弊社では集中講義の受講費としてお代を頂くのではなく、あなたの目標達成やお悩み解決に対して、つまり結果に対してお代を頂いておりますので、集中講義を受講して頂いた上で万が一お役に立てなかった場合は喜んで全額返金させて頂いております。


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 最後に、長距離走、マラソンが速くなりたいにもかかわらず、まだ集中講義を受講されていない方へお知らせです。


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 ウェルビーイング株式会社の集中講義の威力は分かっているけれど、お金がないという方は尊敬に値します。よく分かっておられます。さすがです。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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